見えない誠意のバトンがつながって、私と彼女は初めて過去の「答え合わせ」をした。
〈1996年の流れ〉
2月19日 Y先輩からの手紙。Mさんへの連絡について背中を押される。
3月19日 Mさんに手紙を書く
3月25日 飲み会で彼女と再会。帰国後初めて語り合う。
4月 8日 Mさんから返信届く。「振った側」のあるべき姿に気付かされる。
4月25日 私が彼女に手紙を出す
5月 1日 彼女から返信届く(6通目)
6通目で彼女は「こうして話せて、良かったと思います」「私をひとりの友人として見ようとしてくれてることを嬉しく思います。きっとなれますよ!」と書いた。このあと、大学卒業までに二人の関係はどうなったのか。日記をたどってみたい。
6通目が届いたとき、私も彼女も就職活動のただ中にいた。私が6月に志望企業の内定を得た後も、国家試験を目指していた彼女は2次試験の7月まで気の抜けない状況が続いた。この時期、サークルはもちろん講義も休みがちで、二人が顔を合わせることは少なかったようだ。6月の日記には彼女の名前が頻繁に登場し、もどかしそうな心理が垣間見える。
6通目で彼女がみせた楽観とは裏腹に、修復はすんなりとはいかなかったようだ。就活の多忙だけでなく、彼女にはすでに彼氏がいたことも大きかったと思う。友達としてであっても、かつて二人でご飯を食べたような距離感が戻ることはなく、何か避けられているような空気がつきまとった。彼女の合格は人づてに知った。
お互い就職先も決まり、大学生活は残り半年になった。最後のモラトリアム期間。後期の講義やサークルにも復帰し再び顔を合わせるようにもなったが、彼女を意識しながらも距離を縮めることはできなかったようだ。
留学から帰国し、春には勇気を出してキャッチボールしながら、その後停滞した1996年が終わった。そして年明けに、決定的な出来事が起きる。