髪を切った日、美容院の帰りにお墓参りに行ってきました。

その帰り、お墓がある団子坂から自宅までは歩いて30分程なので久しぶりに散策してみました。

コースは 団子坂 ⇒ 根津 ⇒ 上野桜木 ⇒ 鶯谷  です。

上野桜木で、いつもはつい通り過ぎてしまう「吉田屋本店」に寄りました。

ここは、下町風俗資料館の付帯展示場になっています。

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吉田屋本店


台東区上野桜木2-10-6

谷中6丁目で江戸時代から代々酒屋を営んでいた「吉田屋」の建物を現在地に移築したものです。







明治43年に建てられた建物は、腕木より軒桁が張り出している出桁(だしげた)造で、また正面入口には板戸と格子戸の上げ下げで開閉する揚戸(あげと)が設けられています。いずれも江戸中期から明治時代の商家建築の特徴を示すものです。
Built in the Meiji era, and is descended from the traditional style of Japanese building
for shop-houses in the mid-Edo period (the late 17th century).
The architectural style is DASHIGETA-ZUKURI (the projecting girden style) supporting the main
eaves with the left and right brackets, and the front entrance is opened and shuttered with
AGEDO (a sash door) to be slid up and down along the vertical grooves.
                             * 下町風俗資料館のパンフレットより

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貧乏徳利


「通い徳利」とも呼ばれたらしいです。
店の名前や屋号、所在地など、地元の私には懐かしい文字が書き込まれています。
しばらく、この前で眺めてしまいました。











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『ニッポンビール』って何!??


昭和32年のビール価格表です。

一番右の「ニッポンビール」って、ご存知でしょうか?

さすがの(なんの??)私も聞いたことがない名前に50年の
時の流れを感じます。















サッポロビールのホームページで見つけました。

1949(昭和24)年9月、大日本麦酒は過度経済力集中排除法の適用を受け、日本麦酒と朝日麦酒の2社に分割されました。日本麦酒は『サッポロ』『ヱビス』の商標を継承しましたが、それらの商標は採用せず新たに『ニッポンビール』でスタート。しかし、数多くのビール愛飲家からは『サッポロビール』を懐かしむ声が後を絶ちませんでした。1956(昭和31)年、その声に応えるべく、まず発祥の地・北海道で『サッポロビール』を復活させ、その翌年には全国的に復活販売。そして1964(昭和39)年1月、会社名もサッポロビール株式会社に変更しました。



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レトロなポスター


屋内には、秤・漏斗・枡・樽・徳利・宣伝用ポスターや看板など酒類の販売に用いる道具や商いに関する資料が展示してあります。

館内の収蔵物は総て台東区内外の方々から寄贈されたものだそうです。