「君が其処に生きているという真実だけで幸福なのです」

そんな「君」のいる幸せ

昨日、久々に椎名林檎の「幸福論」を聞いて思いました。

たとえば、真夏の暑いエレベーターの中に閉じ込められようとも、その「君」のことを
考えるがけで幸せな気分になれる。。。。そんな「君」のいる幸せ

何も求めずに、ただただその存在だけを切望するような「君」のいる幸せ

そんなふうに無条件で誰かを受け入れることは大変キケンなことであることは
百も承知していますが、宗教ではないし、そんな状況を楽しめる余裕もあるので
よい事にしておきます。。。

「なんというか、自分が正しい場所にいるっていう実感があるんだな。自分がいったい
 何かという問題が、ナカタさんの横にいると、もうどうでもいいようなことに思えて
 くるんだね。」

これは、村上春樹さんの「海辺のカフカ」で私が今読んでいる場面なのですが、
「人生なんてどう転んでもクソみたいなものなんだ」としたら、その人の傍にいると
「なんかこういい気分になれる」「君」とめぐり逢えたということは本当に幸福なのかもしれません。

始まりが終わりの第一歩なら、まだ始まっていないことさえ幸せに感じます。


「幸福論」 by 椎名林檎 

本当のしあわせを 探したときに
愛し愛されたいと考えるようになりました。

そして、あたしは君の強さも隠しがちな弱さも汲んで、

時の流れと空の色に
何も望みはしない様に
素顔で泣いて笑う君にエナジィを燃やすだけなのです。

本当のしあわせは目に映らずに
案外傍にあって気付かずにいたのですが・・・、

かじかむ指の求めるものが見慣れたその手だったと知って、

あたしは君のメロディーやその
哲学や言葉、全てを
守る為なら少し位する苦労もいとわないのです。

時の流れと空の色に
何も望みはしない様に
素顔で泣いて笑う君のそのままを愛している故に

あたしは君のメロディーやその
哲学や言葉、全てを守り通します。

君が其処に生きているという真実だけで
幸福なのです。