100年ダイアリ 3冊目
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ジュンスカ広島クラブクアトロ公演

4月6日日曜日、不動産業の俺は朝から3組ほど接客、そして夕方4時にほっと一息。深く煙草を吸い終えて会社を後にした。今日はクアトロでジュンスカのライブがあるので、会社を早退である。・・・なんせ、1月4日から今日まで全休はゼロ、早退ですら今日が2回目だ。まったく、ここまでしてなぜ俺は働くのだろうか、ワーカ・ホリックだろうか、そもそも労働基準法とはなんだろうかと自分自身に問いかけるのだが、もちろんそこに答えなどなく、あるのは山のような事務処理と多少の責任感であった・・・が、そんなことはどうでもいいのだ。今日はジュン・スカイ・ウォーカーズを観れるのだから。


市電に乗り、広島クラブクアトロへ。4時20分頃、石部さんと落ち合うとすでにビールーを飲んでおられる。ごくごく。やあやあ、と石部さんに挨拶をしてなぜかパルコの廻りをぐるりと一周するのであった。(恒例行事)・・・ちなみに俺はスーツ姿のままでライブに行くことを少し恥ずかしく思っていたが、世代的に他にもシゴト終わりの人はいるだろうから大丈夫、と自分に言い聞かせながら歩いた。(実際はスーツ姿は俺ひとりで、浮きまくっていた。)

途中、柘植から電話があり、なぜ誘ってくれなかったのか、と詰め寄られたが、今度酒を奢るよと、申し出たところ即快諾、ことなきを得る。


もう1人の連れ・橋口(パンクス)も合流しクアトロの中へ。今日はN村氏にお願いしてゲスト入場である。ありがとうございます。チケットはソールドアウトであり、多少申し訳なく思いつつ入場。


会場は、・・・ぱんっぱんであった。800人がスタンディングです。

そして5時ちょっとすぎに開演。そこからは・・・


俺は泣く一歩手前であった。スタンディングの800人中、たった一人スーツ姿の俺は、客席中央部で泣く一歩手前であった。なんせ、中学の時に初めて観たバンドのライブがジュンスカであり、それからもう20年近く経っているのであるよ。そして、曲も18年くらいちゃんと聴いてないのに、ことごとく口ずさめるのであるよ。

恐るべし、思春期の記憶。そして、今までにない高揚感が自分を包む。この気持ちはいったなんなんだ、と自分に問うたところ、これは懐かしさや場の雰囲気だけではないことがわかる。・・・ステージの上に立っている「バンド」なのである。ジュンスカは、20年たった今、バンドなのである。サービスツアーでなく、ファン感謝デーでもなく、それはバンドそのものであった。カズヤの唄の飛び方は、中学のころに聴いたそれとまったく違っていたのです。唄がうまい、とかの形容じゃなく、「すごい」のです。今までに観た幾百のボーカリストの中でもこれだけの歌い手は片手ほどしかいないであろう。自分が好きだった唄が、何年も後に色褪せないどころか、もっと鮮やかに届いたのである。

これは衝撃であった。なんなんだこの人たちは、と。マジではないか、と。伝わる、とか伝える、の前に重要なことはこのステージにたくさん溢れていた。・・・中学生の俺は、ただのサイテードウテー野郎だったが、このバンドを好きになったことだけは間違っていなかったのである。


終演。挨拶をするべきか迷ったが、呼人さんは地元なのでたくさん連れもいるであろう、との見解でそそくさと退散。その後、橋口宅(パンクハウス)でしっぽりとアサヒ・スーパー・ドライとスミノフ。

バンドやりたいねーと口々にこぼすが、やはりバンドをやるからにはあのステージの百分の一でも捕らえないといかんなあとも思ったのである。12時30分帰宅。

5月に出るDVDはさっそく楽天に注文せねば、と思い就寝。夢に柘植が出てきてハモンドを弾きまくっていた。



10-11月の雑記

すっかり秋飛ばし・冬到来なのですが、ここ2ヶ月ばかり俺が何をしていたのかというと、それはビジネス・チャンスをものにするべく日々奔走していたのです。サラリーマンとビジネスマンの違いは自分から掴んでいくシゴトの姿勢と、発音したときの語感の違いですが、俺は後者に惹かれて。俺はビジネスマンである、と思いたいのです。

ただシゴトも3年近くやってるとえらい慣れるもので、最近すっかり新しく覚えることがなくなってしまいました。日々新しいことを見つけては応用、の繰り返しです。これを止めると、サラリーマンなのです。


さて、娘もすっかりハイハイでビシビシ動き回るようになり、家中を徘徊されております。すごい速さで動きます。あと、手を振ってバイバイするのを覚えたので「ばいばい」というと、「ばー」とかいいながら手を振ってくれます。ただ、昨日家に帰ったら顔をあわせた瞬間にバイバイをされて。少し哀しく、少し面白くといった感じでした。



音楽のほうは、柘植からは週に1度ほど電話が入り、「いつ録音するんですか」 「まさか曲作るの、年跨ぐんじゃないでしょうね」 「早くやりましょうよ」 「歌詞は書けたんですか」 「金貸してくださいよ」 と矢のようなコメントが飛んでくるのですが、やっぱあれやな・・・いざ録音となるとかまえてしまいます。なんせ、ずっと遠ざかっていたのでね、どれを録るか、これでええのかあれがええのか、と。録音となるとやはり時間がかかるし、いいのをやりたいのう、と思うとなっかなか進みません。昨日の夜も、1人酒を飲みつつ、1年半前に作った曲のBメロに、コーラスを入れたり、転調をしたり・・・で、結局変わらず、と。締切がないと、なんも進まんのね。だめねえ。でも、気長に待っててくださいね。ピーズは5年休んでたからね。


明日は祝日。ですが午前中は仕事なのです。午後からは友達の結婚式。同級生の女の子で、その昔、もはや12年くらいも前ですが、「ヤングユニオン」という、90年代フィーリングいっぱいのバンド名でやってたギターポップバンドのボーカルだった女性です。

そのバンドはギター・ベースが5つ年上のひとで、俺とその子がかなり年下、俺は毎日年上の2人にみっちりしごかれる、という体育会系のようなバンドでした。8ビートで育ってきた俺に、「ハーフタイム・シャッフル」を要求するような2人でした。・・・その子はボーカルの才能の片鱗があるひとなのですが、飄々とプロを目指すわけでもなく、広島で飄々と働き、たまに歌い、暮らしていたのです。そして明日結婚と。おめでたい。俺は普段、黒っぽいのしかしないんですが、明日はピンク色のネクタイをしめて会場へ行くのです。







ジュンスカが本格的に復活したと

ジュンスカ、本格的に復活・・・・・しやがった・・・・・・・のだよ!キミィ!

これは嬉しい反面、やや困った事態だ。

まず、復活ツアーで近々は熊本か・・・熊・・・本・・・・

せめて岡山くらいにしとかないか・・・32歳の情熱は、距離にはなかなか勝てないのか。

俺はジュンスカを、14歳の徳山市民会館以来、19年ぶりに観ることができるのだろうか。ただ、復活ということはこの復活ツアーのあとにももちろんツアーがあるわけで、それを待つのも・・・いや、待てるのか!?

と、観てもないのに盛り上がっている気持ち、こころ、それは新しいよりどころ。

おい、そこで「ブルーハーツのほうが好きだな・・・」といってるキミィ!「明日が来なくても」の歌詞が、14歳の俺をどれだけ救ったと思っているんだ!


ただ、復活してもライブを観るのは、きっと1度きりになるんだろう。



ジュンスカ本格復活ということで、じゃあ俺も対抗して音楽復活しようと思い、ツゲに電話しようと思っていたら、ちょうどその時ツゲから電話がかかってきた!ついさっき。でも1コール鳴って切れたので、なんとなくそのままにしてあります。

先日ツゲシラーが、俺の貯めてる曲をHPにアップしてみましょうと話していて、ツゲシラーん家は(デカイのよ)スタジオみたいな部屋に機材がかなりあって、なぜかツゲシラーは最近ギターを買って練習してるらしいから、オケもつけてくれるようです。スナッパーズかスロウ・ボートが復活すれば曲も有るしどーんとやれるんですが、二人で復活。地味、ですがジュンスカが復活するのに俺がただ指を咥えているわけにはいかねーんだな!ということです。

今までは、気持ちがばーんと燃え上がっても、「仕事」という名の放水車にことごとく消されてきたのですが、今回ばっかりはやったろう思うてます。冷や水をばんばん浴びながらも、全く消えない熱い気持ち。それがロックンロールやと思うてます。思うてます!そん時は報告しますんで、気長にお待ちください!年内になんとか!


基本的姿勢として「不定期・無料・ネイキッド」がキーワードに。



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