母の癌治療の回顧録です。


  手術


母の手術は開腹手術でした。
人生で初めての手術
術日が近づくにつれ
やはり緊張している様子はありました。

手術説明の時に
「開腹してみて手術不可能との判断であれば
開腹だけで閉じます」
時間的には麻酔も含め
1時間半程度と言われたかな…
(記憶曖昧)

朝イチの手術だった為、病院へは父が…
私は子供達を学校へ送り出したあと
病院へ向かいました。

病院で父と合流し
手術開始からの時間を
ひたすら気にしていました。

『短時間で終われば手術不可能』

ただただその時間が過ぎることだけを
願っていました。
どうかどうか摘出手術が出来ますように🙏と。

主治医が話していた時間を
ある程度過ぎた頃、父と二人で
「開腹だけじゃなく手術進んでるね」と
すごくホッとした記憶があります。

手術出来るようなら
5時間以上はかかる…と言われていたので
これは手術が進んでいるな…と
家族として判断した時
ここから先は長いし、朝ご飯食べれてないし
「何か食べようか…」となり
父と大学病院内のレストランへ
行ったんですよね笑笑泣き笑い泣き笑い

頑張っている母よ、、、ごめん、、、って
感じでした笑笑
(母は術前昼から絶食だったかと)


何かドラマとかでよくあるじゃないですか!
手術に向かう際はベッドで運ばれ
手術中ってランプがついて
家族は心配しながら
手術室前でずっと待ってる……みたいな指差し
私自身そのイメージだったんですけれどね
全然そんなことはなく
手術終わったらお呼び出しする
携帯(ピッチ)携帯を渡され
大学病院内に居て頂ければ大丈夫👌的な
感じだったかと思います。
ドラマと違うなぁ…と、思ったりしました泣き笑い


手術時間は
説明と同じぐらいの時間でしたね。
手術を終えた主治医から
家族への手術の簡単な説明があり
摘出した臓器も見せてくれました。
見るかどうかの希望は聞かれましたが
私と父は「見ます!」一択でした。
これですが
今はほとんど摘出臓器は見せないと思います。
病理検査の為になるべく早くホルマリンに
漬けるようですね。
写真では後日見せてくれると思います。


術後の臓器を見れたのは
私的にはとても良い経験でした。

自分の身体の中にある臓器でもあること
そして私がこの世に生まれるまで
育ててくれたお部屋です。
この中で10ヶ月
母が大事に育ててくれたお部屋です。
『ありがとうねおねがい』の気持ちも溢れました。
と、同時に
癌が育ってしまった場所でもあり
複雑な気持ちもありましたが
見れて良かった思いはあります。

術後、麻酔で朦朧としていても
母の顔を見れた時はとても安心しました。

ひとつの山を乗り越えた…そんな感じでした。



  ​切なかったこと


手術を終え、半月ぐらい入院したあと
自宅に帰りしばらく自宅療養をした後
母はわりと早めに抗がん剤投与が始まりました。

病理後、最終的には
『子宮体がん III c』

子宮、卵巣、リンパも20個近く取っています。
抗がん剤治療はDP療法
髪の毛が抜けるのは確実で…母が
「髪が抜けるのを見たくないから
髪の毛を短く(坊主)にして欲しい」と
言ったんですよね

「抜け始めたらでも良いのでは?」と
言ったのですが
どうしても短くして欲しいと凝視

もともとショートヘアの母ですが
母の髪を刈る時が
私は一番切なかったです。
ある程度バサバサと✂︎カットしたあと
涙を悟られないよう、なるべく笑いながら
「刈るよーーーっ!」と…


母は癌なんだ
これから抗がん剤が始まるんだ
母といつまで一緒にいられる?
私まだまだ親孝行できてないよ…
お願いだから長生きして…

娘として、いろんな感情が溢れた瞬間で
本当に切なかったですね…
忘れられない思い出のひとつです。