2年前の震災の日
実はそれは我が家にとっては
息子の不登校が再び始まった と認識された日 でもあります。
その前日に学校に行って 当時の担任の先生とお話しし
しばらくは とにかく 学校には行けそうにない状況だ とお伝えしたのでした。
結果としてあの震災の日後 息子の学校は自宅待機の措置がとられ
全員登校することなく学期を終えたので
他の子と状況はあまりかわらなかったのですが、、、、、
ただ あの日 登校していれば
確実に息子は学校で一夜を明かさねばならなかったはずで
そうなると 又不登校の状況も違ったかもしれないな
なんて 思うことはあります。
遠く離れているとはいえ 地震や津波そして原発事故は
息子にとって 心委縮させるに十分な出来事だったようです。
震災直後 息子はたまに友達が来て遊ぶ以外には
さなぎ のように うごかずに 寝てばかりの日々を過ごしました。
こんな息子の姿を目の当たりにしていたものだから
あの震災で 更に元気をなくした不登校の子は多かったのではないか
と私は思っていたのですが 先日行ったオフ会で
逆にあの震災のおかげで命の大切さ 自分が生きて動けること への感謝が芽生え
不登校から立ち直ったお子さんがいらっしゃると聞いて ちょっと驚きました。
不登校の子の心のありようも 様々。
災害の脅威を目の当たりしながらも 立ち上がっていく力を
内に蓄えている段階にあるお子さんも やはり いらっしゃるのですね。
今日という日に 2年という月日の長さ 短さを
それぞれ感じています。
実はそれは我が家にとっては
息子の不登校が再び始まった と認識された日 でもあります。
その前日に学校に行って 当時の担任の先生とお話しし
しばらくは とにかく 学校には行けそうにない状況だ とお伝えしたのでした。
結果としてあの震災の日後 息子の学校は自宅待機の措置がとられ
全員登校することなく学期を終えたので
他の子と状況はあまりかわらなかったのですが、、、、、
ただ あの日 登校していれば
確実に息子は学校で一夜を明かさねばならなかったはずで
そうなると 又不登校の状況も違ったかもしれないな
なんて 思うことはあります。
遠く離れているとはいえ 地震や津波そして原発事故は
息子にとって 心委縮させるに十分な出来事だったようです。
震災直後 息子はたまに友達が来て遊ぶ以外には
さなぎ のように うごかずに 寝てばかりの日々を過ごしました。
こんな息子の姿を目の当たりにしていたものだから
あの震災で 更に元気をなくした不登校の子は多かったのではないか
と私は思っていたのですが 先日行ったオフ会で
逆にあの震災のおかげで命の大切さ 自分が生きて動けること への感謝が芽生え
不登校から立ち直ったお子さんがいらっしゃると聞いて ちょっと驚きました。
不登校の子の心のありようも 様々。
災害の脅威を目の当たりしながらも 立ち上がっていく力を
内に蓄えている段階にあるお子さんも やはり いらっしゃるのですね。
今日という日に 2年という月日の長さ 短さを
それぞれ感じています。