夜眠れないとき、私は子供の頃良くしてくれた、近所の小母さんのことを思い出し、
いま幸せであることを想像します。
小母さんがおじさんといつものテーブルに向かい、
いつもの様に何か話しながら食事を出していて、
それで、会話が弾んでいて、いつもの様に小母さんが笑っていて、
死んだ犬も若くなって、前足をテーブルにかけていてにこやかでいる。
いつもの席に座っている後ろ姿のおじさんもきっと楽しくしていて、
そして私はなんだか涙がでる。なんでだろう。。
おじさんも、犬も、亡くなる前に会えたけど、
小母さんには会えなかった。
優しい娘から具合がよくなったら電話させると、電話があったが、その後何もない。
私はその小母さんから、「家族」とはどんなものなのか教わった。
親を思う愛情がどんなものなのかも教わった。
おじさんからも亡くなる前に、
「うちの子にしてあげられなくてごめんね。」と言われた。
「いいのよ、これでよかったのよ。。。大丈夫よおじさん、これでよかったのよ」
と、ベッドで寝ているオジサンを抱きしめた。
感謝しかない。。この二人には。。
彼らには何の血縁もなく義理もないのに、
私の人生の中でこれほど子供らしく生きることが出来た瞬間があった。
そういえば、私が穴の開いた靴下で上がると縫ってくれた。
私は「汚いからいいよ」と言った。でも“私が恥ずかしい思いをするから”と直してくれた。
上履きに穴が開いても、ボタンがとれていても、
髪の毛が長くなって顔をふさぎ始めても、爪が伸びていても
私が住んでいた家では親戚の叔母がいたが、社長であり、外の付き合いもあり、会話もなかった。
私はお手伝いのおばさんがご飯をくれる以外、お世話をされてこなかった。
小学校1.2年生で、見かねた担任の先生が、私の爪と髪の毛をこっそり廊下の横で切ってくれていた。
4年生の春、住んでいた家から急に私の実の父親がいるところへ、帰ると告げられた。
私は体操着のまま、事務所の部下の車で送られた。
部下の男性は、優しい人で私が小さいころから知っている人だった。
「僕もこんな事したくありませんよ。」と言っていた。
実の父と二人で暮らしが、狭いアパートで始まった。
彼は物がズレておかれているだけで、私を殴った。
気に食わないと、一メートルの竹竿で出来た物差しで私をたたき、
こぶしで頭を殴られたり、蹴り飛ばされたこともあった。
玄関の扉を開けようとする音で、体がビクッと震えた。
みじめな思いをしていたが、
オジサンとおばさんは遠くから小学校に通うようになって、
朝ご飯をここで食べていくように言ってくれた。
朝からコーヒーの香りがして、サラダもトマトの皮をむいている。
冬は、朝早く通っていた冷たい私の体を、小母さんが自分の布団に入れて温めてくれた。
2人は本を読むのが大好きで、いつも枕元には文庫本などが置いてあった。
会話は十分にあった。折に触れ、「今年の抱負は?」とか、テレビを見ても「あなたはどう思う?」とか
新聞やニュースの内容を分かるように話してくれたりした。
2人の戦争体験の話も聞いた。
仕事のことも、株のことも、近所の人の人生の話も、
実の娘さんが家出をした時のことも、何気ない会話はとても温かかった。
でも最初は私も不思議な経験をした。
私はテーブルに座りお茶とお菓子が出ている。テレビもついている。
小母さんは洗濯物を干している。
私は、″いたたまれない思いを感じた。ここにいるのが嫌で嫌でしょうがない”感覚に襲われたのを覚えている。
子供ながら、どうしてなのか不思議だった。
今ならわかる。私はそれまで、何もしなくてもいい、
ただそこにいるだけでいいという感覚を味わったことが無かったのだ。
何をするにも親の顔色をうかがい生きてきていた。
ただただ私の存在を許して愛して、受け止めてくれる。
そんな環境がそれまでは無かった。
だから、冷たい環境にいた子供は、冷たさに慣れていて、
温かさを異物と感じ、負の連鎖で自分も親になった時に、子供に冷たくする。そうなるのだと思う。
私は結婚してからお腹の中で赤ちゃんが亡くなり、
主人の家族に「子供はまだか」と言われなくなったが、
今、わたしと主人で里親をしている。
主人が子育てをしないより、“子育てと言う経験をしたい”と言ってくれたからだ。
その子にも私は小母さんの話をしている。
そういえば、思い出したのだが、
亡くなる何年か前に小母さんから連絡が来て、介護施設に入ると言っていた。
そして何だか妙なことを私に言っていた。
「あなたは、やり抜くという“力”がある。あなたは凄いわ。やり抜くことができるのよ。大丈夫よ。」
私は何のことやら。。多分、働きながら通信で大学を出たから
そのことを言ってくれているのかな。
でもなんで褒めるんだろう?って思っていました。
介護施設では、実の孫たちすら、弱った自分を見せたくないと言っていたそうです。
いまお陰様で、いつも通り笑っている小母さんを想像できます。
会いたかったけど、抱きしめたかったけど、
死に際を決めるのもその人の人生だから。。。
今日も笑っている小母さんを想像しています。
小母さんは生前、たまにこっそりと自分の母親の着物を出して、
そこにほほをつけ、顔をうずめていることを話してくれました。
「こうして会いたいなーって思うのよ。」って言っていました。
もしも愛する人を亡くしていたら、
あなたの気持ち絶対届いています。。
大丈夫、私達の成長が、その方たちの肥やしになります。
そして、感謝と愛で胸がいっぱいになる。
これは自然なことですよね。
素敵なみなさまの、愛と感謝が届きますように。。。
HP https://lucysong.info
皆様のお心が軽くなり元気になりますように。















