8/16(日)東京曇り23°-30°




坂本龍一は亡くなったんだ。

今朝、ラヴェルの「オンディーヌ/水の精」を聴きながら改めて、思った。



昨日、兄が新しいフィアンセを連れて家に遊びに来た。

私は同い年の、少し年上に見えるこの彼女と兄が並ぶ姿を見て、自分の年齢を目の当たりにしていた。


私達はお互いの学生の頃の話や、海外で住んでいた頃の話をした。それらは遠い過去のようで、まるで前世の話をしているかのようだった。ただ、目の前に座っている兄達はとても品のある中年のカップルであり、新たな実を結ぼうとしている穏やかな木のようだった。




思えば私はずっと、人生は暇つぶしだと思ってきた。

若い頃から自由に生きてきた方だった。

兄たちと昔話をしたからか、その時、私に私の内なる子供のような思いが浮上して、コツンと胸をノックしたかもしれない。

兄に会うと、ずいぶん昔の私が引き戻されるのだ。 

内なる子供は、

「私は連続して繋がっているんだよ」

と教えてくれたのだろう。


変わるもの、変わらないもの。

流れ行くもの。

そっと目を開けると、そこにあるのは?



夏の間、私と夫は息子を連れて葉山のビーチによく出かけていた。

芋洗いのような都内のプールで遊ぶよりも、比べ物にならないほど心地よいからだ。

足の裏に感じる滑らかな砂。

どこまでも続く海岸線。

遠くで聞こえる笑い声。 

走る息子の後ろ姿。



子供との美しい時間も、やがて過ぎ去るだろう。



私は常に美しい空間で、美しいものを見て、聴いて、好きなものを愛でて生きていたかった。


今、私は老いというものに、つまり、時間と直面している。



有限と無限。

美しさは無限?

心の像にある美しさは、無限だろう。

それはお金では買えない。

何故なら自分が証人だから。

私はそう結論づけることにした。



どう生きるのか?