NHK第一AMラジオ。 ラジオ深夜便。
2019年6月18日放送分の睡眠に関する最新レポート(全2回)です。
睡眠研究の世界的第一人者、柳沢正史さんは、長くアメリカで研究し、人の睡眠
・覚醒に関係する重要な物質、オレキシンを発見しました。2014年からは日本に
拠点を移して、研究の最先端をけん引しています。睡眠制御の仕組みを「ししお
どし」にたとえて、ユニークに、かつ、いかにその解明が困難かをお話しください
ました。
睡眠は「ししおどし」に似ている
――国際統合睡眠医科学研究機構では、どのような研究をしていらっしゃるのですか。
柳沢さん:
10ぐらいの独立の研究グループが集まっていて、すべてなんらかの睡眠の基礎
研究をしているという意味では世界で唯一、睡眠の基礎研究に特化した大規模
な拠点です。その中で私の研究室は、より根本的な睡眠のメカニズムの研究もし
ていて、どのように睡眠が制御されているかというのは本当にビッグ・クエスチョン
なんです。
私は最近よく、睡眠の制御を「ししおどし」にたとえるんです。竹の筒が斜めに傾
いていて、片方の口から水がチョロチョロ入って、あるところまで溜まるとカタンと
傾いて水がザーッと流れて流れきるとまたもとに戻る。これがししおどしですね。
睡眠の制御はこれとそっくりなんです。最初の状態を「覚醒」だと思ってください。
入っていく水が、「睡眠要求」。「眠気の素」と言ってもいい。それがチョロチョロ
入っていってだんだん溜まる。これは起きているとだんだん睡眠要求が高まって
いく状態。あるところまでいくとカタンと傾く。これが「睡眠」「覚醒」のスイッチ
ですね。ししおどしが傾いて「睡眠」に入ると、水、つまり「睡眠要求」がザーッと
流れて解消されていく。本物のししおどしだとあっという間ですけど、この場合は
水がネトネトしていると思ってください。流れきるのに7~8時間かかる。流れき
ると、もとに戻って、目が覚める。本当にそっくりなんですよ。コンセプトとしては
まったく一緒。
起きている時間をカウントするカウンターと、「睡眠」「覚醒」を切り替える“スイッ
チ”の組み合わせによって、睡眠は制御されているんです。われわれ自身の脳
を睡眠状態と覚醒状態に切り替える、この“スイッチ”については、今解明が進ん
でいます。しかし、“スイッチ”を押している“指”が何なのかが分からない。
ししおどしにたとえていうと、だんだん水が溜まってあるところでカタンといく。
その、まず“水”が何なのかがまずわからない。コンセプトとしては「睡眠要求」で
いいんですけど、具体的にそれは脳の中の何なのかと問われても、誰も答える
ことができません。徹夜明けだと眠くて、深く長く寝ますよね。
「睡眠の恒常性制御」というんですが、そのメカニズムがまったく分からない。
徐々に溜まっていく睡眠要求の実態がまったく分かっていないんです。
それを研究するのにわれわれが選んだ方法は「当たりをつけるのは、やめよう」。
睡眠の原理が皆目分からないので、意味のある仮説が立てられないからです。
具体的な仮説を立てるにはある程度のストーリーを思い描かなきゃいけないの
に、その土台がない。だから詳しい仮説を立てないで、虚心坦懐に、とにかくデー
タを出して、見て、決めていく。そういう研究スタイルのことを、人によっては「探
索研究」と言いますが、これがどうも私の研究スタイルの1つなんです。
オレキシンを発見したやり方も、一種の探索研究でした。はっきりしたゴールを決
めないで「何かとにかく見つけてみよう」というスタイルです。手間がかかるので
それができるだけのリソースが与えられていないとできません。それから、非常
にリスキーです。<大山鳴動(たいざんめいどう)して鼠一匹(ねずみいっぴき)>も
出てこない可能性もあります。やってみないと分かりませんから。オレキシンを見
つけたときも、ある生化学的な手法で見つけてきたんですが、運がなければ何も
見つからなかった可能性もあったんです。
――小さなころから、興味を引かれると動けなくなるようなお子さんだったとか。
柳沢さん:
幼稚園ぐらいのとき、断片的に覚えていますけど、近くにどぶ川みたいなものが
流れていて、その水の流れ方がおもしろくてずっと見ていたんですよ。花びらが
浮かんでいてグルグル回って流れていく、それがどういう流線をとっているかを
子どもながらにずっと見ていました。美しさとかを求めていたというよりも、どうし
てここで渦を巻いているのか、という視点だったのをはっきりと覚えています。
まあ、ガキのころからちょっと変な子だったんですよね。
小学校1年生のとき、黙っておとなしくして先生の言うことを聞くことができない
子だったんです。授業中、とにかく多動だったし、隣の同級生と話し始めちゃう
んですよ。「廊下に立ってろ」と2人で立たされても5分ぐらいで飽きてきて、校庭
に勝手に出て1人で遊んでいました。幸い、担任の先生が素晴らしくて、押さえ
つけるような先生じゃなくて、非常に私は感謝しています。
――そのころから自然科学者になるという思いはあったんですか?
柳沢さん:
どうも1年生の時に、「将来何になりたいか」というのに、「研究者になる」と書い
ていたらしいです。
――研究の喜びとは何ですか?
柳沢さん:
プロフェッショナルの研究者は、ひとりひとりスタイルが違っていて、モチベー
ションも違うと思うんです。
でも、多くの研究者に共通しているのは純粋な好奇心です。今まで分かって
いないことを、いち早く知りたい、解明したい。単純な知的欲求というんでしょ
うか。私もそれがモチベーションの根本にあると思います。
<真実は仮説より奇なり>
――若い研究者へのアドバイスはありますか。
柳沢さん:
座右の銘のようにしている言葉がいくつかあるんです。1つは、「よい問いを見
いだすことは、問いを解くことより難しい」。いろんな人が同じ意味のことをいろ
んな言葉で言っています。「よい問い」というのは「切り口」、あるいは「科学的
なクエスチョン」と言ってもいいです。それを見つけるのは本当に難しい。何を
問うかで、もう勝負は決まっているんですよね。すばらしい切り口を見いだせた
人が、一流の科学者だと思います。
科学だけでなくて、あらゆる分野に通用すると思います。ほかの人が思いつか
なかった切り口や問題そのものを定義する能力は大事です。まず、テーマを定
めるということですね。具体的には分野によって違いますけど、どういう切り口
で、何を攻めるのかを決める。これは、AIにはなかなかできないことの1つだと
思いますね。「問題を発見する」のは難しい。それに比べたら、「問いを解く」の
は、頑張ればなんとかなる。ただ、日本の教育は問いを解く訓練ばかりで問い
を発見する訓練はほとんどやらされない。問いを見いだす教育を、しなきゃいけ
ないんじゃないかなと思います。
若手研究者には、自分なりの本当に価値があると思える問いを見つけて、本心
からおもしろいと思える研究をしてほしいですね。何が価値があるかなんて、分
かんないんですよ。
だから自分自身がおもしろいと思えなかったら、話にならない。
もう1つ、座右の銘にしているのは、<事実は小説より奇なり>という言葉、こ
れは英語圏の作者不詳のことわざらしいんですが、それをもじって<真実は仮
説より奇なり>。ここでの「真実」は「科学的真実」、「科学的真実は、仮説より奇
なり」。これには2つの意味があります。
1つは私自身の実感です。オレキシンを欠乏させたマウスはナルコレプシーとい
う睡眠障害になるんですけど、やったときはそんなこと、思ってもいなかったわけ
です。オレキシンが睡眠に関係するなんて、思いつかなかった。最初は食欲に
関係する仮説を立ててやっていたのに、実は睡眠だったんです。自分が考えた
仮説よりも科学的な真実はより大きいし、「奇」なんですよね。それが実感です。
もう1つの意味は、自戒の句でもあります。科学者にとっての真実、データ、目
の前にある実験結果は、自分が持っているストーリーないしは仮説よりも、常に
上に置いとかなきゃいけない。実はこれは難しいことで、科学者にとって自分の
仮説はかわいいし、大事にしたくなる。だけど目の前にあるデータよりも自分の
中で上に来てしまうと、非常に危険です。生物学のデータは複雑で自分に都合
のいいところだけに目を向ける研究態度になってしまうと、そこで生じる研究結
果に再現性がないとか、いろんな問題が起こってくるんです。研究不正が起こる
かもしれないし、そこまでいかなくても、いわゆるバイアスのかかった、悪い言い
方だといいとこ取りに陥ってしまいがちです。そういう意味での自戒の句でもあ
ります。
仮説がくだらないとか、価値がないと言ってるんじゃないんです。ある仮説があ
って、実験結果を繰り返して磨いていくことがサイエンスのゴールです。仮説の
一部は間違いかもしれない。より高いところへ、磨いていくわけです。これが検
証され続けると、仮説はやがて理論と呼ばれるようになる。理論を構築するのが
サイエンスの最終的なゴールです。だから仮説がものすごく大事なことは間違い
ない。
私は「仮説をあまり立てない」とは言いましたけど、ある段階ではもちろん仮説を
立てるわけです。仮説なしにサイエンスは前に進みません。でもやはり、仮説と
いうのは人間が小さな頭で考えたストーリーなんだということを、常に意識するこ
とが大事だと思います。
<睡眠学者が突き止めた! “ねむけ”の正体> おわり