ラジオ深夜便。 午前4時台の「私の人生手帖」。今朝のゲストは嵐山光三郎さん。

 

この人、肩書は作家だが前身は雑誌の編集者である。

 

自身も告白しているが、雑誌などの編集者を経て作家になった者は、出版業界では

 

一切認めてもらえないらしい。 それでも続けているのだから凄い。

 

 

最初は嵐山さんの昔話。 30代の頃、路上生活者を経験したそうだ。

 

50年前、出版業界が大量の解雇者を出したという厳しい出版不況・・・。

 

そんなに過酷だったなんて、私は知らなかったね。

 

 

私が嵐山さんのコメントを書き留めようと思った理由は、彼が日本の短歌について

 

触れたから。

 

松尾芭蕉は江戸の町造りに呼ばれた工事の手配師が本業だったとか、西行法師

 

は天皇を守護するために東北に出向いた武家の流れを汲む剛の者だとかいう

 

話から始まった。

 

 

貴族が和歌にどうしてあれだけ夢中になれたのか?

 

その理由は、和歌は天皇をトップとした政治の舞台で使われている政治用語だった

 

という話。 ここで一気に目が覚めた感じがした。

 

 

どういう事か?

 

貴族は天皇に政に関してご意見を伺う際、必ず和歌にしたためたという。

 

その詠まれた和歌を呻吟して、天皇もご自身の意見(YES・NO)を和歌にして

 

返信したので、政治用語のスキルを上げる必要があったので万葉集をはじめ、

 

古今、新古今と代々和歌集が編纂される素地が長い年月をかけて出来上がって

 

いったらしい。

 

 

例えば、和歌の中に「いなふめの・・・」と詠まれたら「いな」は「否」だからNOと

 

いった具合らしい。

 

嵐山さんも言っているが、非常に情緒的な政治用語の典型だ。

 

天皇が比喩で聞いて、貴族も比喩で返答する。 また、逆も然り。

 

 

今、上級国民でこれを実行しているのが小泉進次郎かもね。

 

ポエム大臣・・・。 いかん、朝から笑わせるな。

 

あの人、質疑応答ではマジで何言ってるか分からない時も多いからね。