私には3人の父がいる。
1人目は血の繋がりのあるパパ。
豪快で喧嘩っぱやくてでも優しい人だった
でも母とは結婚していなかった なぜなら家族があったから。
パパはあともう少しだけ2年別れずにまってくれと
自分の家族の子供のために母に結婚を待たせていた。
その間母は本妻の方がするべきであろう病に伏したパパの母を
面倒見た。
おなかにいた私を不思議なくらいパパの広島の兄弟
祖父、祖母みんなが喜んでくれたという。
待ちきれなかった母はパパと離れて自分の母と兄と
住むことにする。
小さかったとはいえ私は当時7歳。
初めてパパの事情を知り初めて自分の義姉が2人いる
ことも知った。
けれど十分すぎるほど愛を注いでもらい
母が別れを切り出すまで、それ以降も私はパパが好きだった。
そんなパパは私が十代の頃わずか53歳で知らぬ間に
亡くなってしまった。
広島の原田の家の祖母に娘のためにと白木蓮の苗を預けた
そうだ。後に広島の原田のおばあちゃまに聞いた真実。
大切な人が1人いなくなってしまった。
その悲しみをどう癒したかは今定かじゃない
二人目のお父さんができたのは8歳の頃だった
ロマンスグレーのコワモテのでも温かいお父さんだった
子供が1人もいなくて奥様だけがいた。
浮気なんて40年したことのないお父さんが
初めて本気で家庭を作った。
その相手が母だった。
お父さんはヤのつく職業の親分だった
家には決して職業のことを漏らさないグチらない
手出しさせない人だった。
ほんの少し家にいるときのお父さんはいつも
はにかんだように笑ってたけれど外では相当
おっかなかったようだった。
私の未来を考え、母を思い、うちの祖母たちを
愛してくれた。幸せだった。
お父さんが私を認知したがったのを嬉しすぎた母は
言葉がでなかった、
それが誤解を招き、お父さんはこの職業の奴
はイヤなんだと勘違いして話にだせなくなった。
ゴルフにでかけたある日お父さんは倒れた
そのまま入院となった。
愛しいお父さんが63歳で天国に旅立ってしまった。
13歳の出来事だった。
今の父
今の親父は私が20歳の頃にできた。
母が勤めてた会社の上司だった
実家は13代続く神社、この父は宮司・密教の修行もしていて
顔はそれこそヤ行の親分に見えるが信念の強いツンデレ。
46歳まで仕事に追われ結婚すらしなかった人。
わざわざ結婚式まで盛大にあげた。
認知されずにきた20年間始めて戸籍上初めての
父親ができた。
強くて優しい人だった。
でも、事業が失敗し母と離婚、体を壊してから10年
今も週3日は私と母の家に帰宅してくる。
そこで問題になるのが父の吐く言葉。
「お前は戸籍上しか関係ない」
「うちの親族には関係ない」
「血縁じゃない」
この3つだ。
多分どこの家の娘よりも父を大事にしてると思う。
けれど父の言葉は刃になる
「籍抜いてもいいんだ」
「俺の親族に俺が死んだ後迷惑かけられたくない」
私は何もいらない。
ただ今まで早くに亡くしてきた父達の分まで
今の父に愛情を注いでるのだ。
それを昨日は言葉という刃でズタズタにされた。
きっと私はもう今までのようにこの父を愛せない。
戯言みたいな今回の日記は多分自分の心をぶつけたかっただけ。
でも今まで私は家族でいることに手は抜かなかった
もう十分。
自分を守りたい
愛するひとや愛すべきひとに一生懸命なのは
たくさんの死を看てるからかもしれない。
今までは通過点。これから
来年には今の父の実子から名前を抜こうと
決意している。
人を倒すのに拳はいらない、言葉と態度という刃が
一番人を傷つける武器となるのでしょう。
歩み寄るという思いやり
だいじなこと。
この一歩も おんなみがき のひとつ。



とも思う。