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今日は、富士山の麓で

某企業の営業部合宿ダイアログ。


参加者は、

東京・名古屋・大阪・福岡から集結した35名。

平均年齢がほぼ27,8歳という若い組織。


営業部といっても、

B to Cのお客様に対して

1対1でカウンセリングをするのがメイン業務なので

人と深く関わることができる

質の高いコミュニケーション力が求められる仕事だ。


参加者はみんな

本当に素直でひたむきで

まっすぐなエネルギーに溢れたすばらしいメンバーだった。


その会社は、ここ数年離職率がとても高く

今回の参加者のうち、3分の1は

入社半年以内。


そう。

それくらいの割合が、入れ替わっているのだ。


近年、入社3年以内の離職率が急激に増え

いろいろと問題視されている。


若手は踏ん張りが効かない、とか

企業と就職生のミスマッチング、とか。


でも、そんなの

いつの時代でも起こりえたこと。


決して、彼らだけの問題ではない。

それを生み出している社会や企業の「構造」に問題がある。



誰も、最初からすぐに辞めるつもりで

会社に入る人はいない。


本当はみんな、

「今」のこの道の先に

希望があると信じたい。


今日は、参加者ひとり1人の

これまで歩んできた過去・現在・これからの未来について

本当の「自分の言葉」で語り、共有した。


そして最後は、

点と点の集合体だった組織が、

そのすべてが結びつき、「1つ」になっていった。


「今までひとりだと思っていたけど、

 本当はみんな、同じところを目指していたことを実感した」


「ひとり1人の力が集まったら、

 すごいパワーを発揮できるということを、初めて体験できた」


そんな可能性に溢れた声が

参加者たちから、次々と挙がる

希望に満ちた場となった。


みんな、本当にステキだったよおおお!


うん。

一緒にがんばっていこう。


この道の先に、どんな世界が広がるかは

私たち次第なのだから。



日本の未来は、間違いなく明るい。





やっと、1月10日に修士論文提出。


前日には書き終わっていたはずなのに、

最後の微調整に手間取り、なぜか結局、前日完徹。

駆け込み、ギリギリ受理。


何とも、私の人生らしい(笑)、締めくくりでした。


ブログも、長い「お籠もり」状態から復活します。


修士論文のテーマは、


かつて、原始・古代の共同体が

持続可能であるために行っていた祭祀・儀礼の仕組みから、


現代の資本主義社会や企業が、持続可能であるために

学べることは何か


です。


近代化は、分断化の歴史でした。


企業は、生産を中心とした官僚制の階層型組織で

効率化、分業化、合理化を進めた結果、

あらゆるものが分断され、

人のつながりや大切なものが、分断されていきました。


21世紀は、本来「1つ」だったはずの

分断され、対立する「2つ」を統合することが求められています。


「分断」から「統合」へ。


科学と宗教、心と身体、人間と自然、支配する者と支配される者…


分断され、それぞれに進化してしまった現代、

「相反するもの」が統合するには、そうそう簡単にはいかない。


平たくいうと、「きれいごと」じゃない。


対立する意見を統合するには、

その場に、対立(コンフリクト)や混沌(カオス)が起こることは避けられない。


というよりも、むしろ

カオスやコンフリクトという獣道を通り抜けないと

決して、新しい世界に行き着くことはできない。


でも、現代の組織で「混沌(カオス)」はあまり歓迎されない。


そりゃー、そうだ。

だって、私たちは

その後も、その組織の中で「生き抜いて」いかなければならない。


できることなら、対立やトラブルを避け

平穏無事に生き続けたい。


原始・古代の共同体は、もっとそれは強かっただろう。


だって、

日々の生業の営みも、住居も、信仰も

すべて同じ1つのムラで行われ、

そのムラで一生を過ごしていかなければならないのだから。


では、彼らは

その共同体の闇や沈殿物をどのように取り込み、

共同体全体の生命力回復に生かしていたのか。


そこから私たちは、何を学べるのか。



そんなことを、長々と書いていきました。


論文で見えてきたことは、また折を見て書いていきます。


論文の最後、「おわりに」の章を

夜中に書いていたのだけど、

朝起きて読んでみたら、夜に書いたラブレターみたいに

やけに熱くて、自分でびっくり。。


あれだけ慎重に、論理的に展開したにも関わらず、

「結局、大事なのは愛だよね。やっぱ。」

みたいな内容。


まあ、それも私らしいかなと思って

そのまま提出しちゃいました。笑。


最後に、その章からちょっと抜粋。


**


ブーバーは言う。


いかなる人も、愛に共鳴する弦を持っている。

そして、愛だけがそれを振動させることができる、と。


ブーバーによると、真の対話とは

互いの意識が同一の振動数で震える状態であるという。


「私は相手を思う。相手の方に私のある部分が派遣される。

 それは、純粋な振動。

 それが相手の元へとどまり、私の言葉を受け入れる働きに参加する」


そして、

「対岸の火事を見るような同情ではなく、共鳴によって

 相手の痛みを自らの痛みとして感じ、苦しむ」


ことが大事であると述べる。


心理的共振が起こる場とは何か。


それは、人々が持つ愛に共鳴する弦が

振動する瞬間なのかもしれない。




昨日、ブログに書いた

「平和の祈り」に興味を持った方が、数名いらっしゃった。


よく知られているからと思い、出典先を詳しく書かなかったので

追記。


これは、

「アッシジの聖フランチェスコの祈り」とも言われるもの。


1997年に亡くなられたマザー・テレサが

最も愛した祈りであり、

毎朝、この祈りを捧げられたといわれている。


マザー・テレサは、その名を知らない人はいないと思うけれど

実際、どのような活動をしていたかは

あまり知られていない。


私も、ご多分にもれず

本や映画で彼女の生き様に触れ

はじめて、彼女の偉大さを知った。


数々のドキュメンタリーなども存在するが、

意外とすばらしくわかりやすいのが


女優オリビア・ハッセーが演じた

映画「マザー・テレサ」


かなり前に観たのだけど

もう、これ以上ないというくらい

号泣した記憶がある。苦笑。


よかったら、ぜひ。