3月に入ってからプロジェクトの追い込みなんかで急に忙しくなったような気がします。今日はもう絶対勉強しないーシラー(そして日曜に泣きをみる)

ところで今日はTOEFLの話の続きです。

右矢印やっとTOEFLをパスして9月から無事カレッジに入学となりました。アシスタントのクラスにレジスターして初日無事にクラスに行きました。9ヶ月で終わるプログラムです。9ヶ月後にはどこかのオフィスで働いているのを楽しみにしていました。

先生が出欠を確認し終わって、”名前呼ばれなかった人手を挙げて。”

それは私でした雪 名前を呼ばれなかった人は後から先生のオフィスに来るように、とのこと。

行ってみると、アシスティングのプログラムは6月までにプログラムに入学申請をしないといけなかったとのこと。

”あなたはリストに載っていないので、1週間以内に誰かがドロップしたら入学を認めます。そうじゃなければパートタイムというかたちで入学を認めます。パートタイムだと卒業まで2年かかります。”

私”でも私はインターナショナルだからフルタイムの生徒にならないといけないんです。”

先生”じゃあエキストラのクラスをとりなさい。”


実際のところ当時の私にエキストラのクラスにお金を払う余裕はありませんでしたしょぼんベイエリアは予想以上に生活費が高いのです。収入がないのに10万20万単位のお金が出て行く生活はとても辛かったのを覚えています。経済状況の苦しさがそのまま精神状態に影響していた頃でした。


遡って5月くらいの話:学部のHPを見たら別途アプリケーションが必要と書いてあったので、カレッジのインターナショナルオフィスに問い合わせました。そのときに担当者が”あなたはインターナショナルスチューデントなので、インターナショナルのアプリケーションを提出すれば問題ありません”と言われました。


その結果がこれ左上矢印


その足でインターナショナルオフィスに向かい担当者に抗議しましたが、”そんなこと覚えていない、証拠を見せろ”と逆切れされました。



後で分かったことですが、うちのバイオロジカルヘルスディヴィジョンはカレッジの中でもかなり特殊な部類であり、留学生がインターナショナルオフィスをとうして直接入学することはかなり稀な状況だったようです。