久々に部屋を整理していたら懐かしい手帳を見つけました(^w^)過去の手帳は数年そこら辺に積んでからまとめて一ヶ所に集めてしまっています。

1997年、漫画雑誌の付録から始まった手帳記入。2000年前後はバインダー式だったようで数年分捨ててしまってないのですが、それ以外は全部取ってありました。
ちなみに来年のものは通販で注文したので届くのを待っています!
小学生時、入院してた時のとある日程。

1996年から1997年、SLEで入院した時のパルス予定とか検査予定が書いてあります。懐かしい(笑)入院した小児病院内に学校あったので、転校させてもらい過ごした冬の数か月の思い出。委員会とか書いているからきっと何かやっていたんだろうなぁ。覚えていないね。でも、まだ学校があったからベッドでぼーっとしてなかったのは幸いだったと思います。
小学生とはいえ、色々やりたいことがあった年でした。
書初めでクラスの代表を狙い、県まで今年はいきたいと願い。
冬に開かれる小学生のかるた大会、今年は県大会まで狙えるのではないかと通学班チームと組み張り切っていたり。
お友だちとお誕生会開こう~とかうきうきしてて。
そろそろ塾にも通うことも念頭に入れ始め。まぁ塾に関しては勉強大嫌いでしたので大して心残りもありせんが(笑)
などなどなど。
そんな矢先に。
病気のことを大して理解していなかったから泣きはしなかったけど、悔しかったことだけは覚えています。
そして、親が、特に母が多分過保護というか、過敏になってた気はします。当たり前だけど。
退院日に母が初めて子供の前でというか、看護師さんに挨拶しながら泣いて、本当に泣かない人なので。今でも片手にあるかないか位しか子供の前で泣かない人が涙流したから、あぁ、私もう入院しちゃだめだなって思った記憶が鮮明です。といいつつ入院しちゃってますけど。(^_^;)
父は、私の病気について何も言わなかったけど私のペースで勝手にさせてくれていました。休みになれば、寝ていたら勿体ないと本屋やレンタルショップやら映画やらなんやら車で近所つれ回してくれてたし。
ある意味父は子供のことには口を出さないです。うちは母強しだから(笑)
性格が子供っぽいところもあったので私が成長するにつれてそれがイライラしてよく喧嘩したけど(笑)
病気について特に一緒に話すことはなかったけど、否定せずついてきてくれる人でした。
私が小学生で病気発症してドタバタな感じだったのでその分家族の中で今思えば妹は本当に可哀想なことしたなと思います。まだまだ甘えたいさかりだっただろうに、なのに手が先に離れるはずの長女の私に目がいってしまいましたからね(^_^;)
当時一緒に暮らしてた祖母がまだ元気にいてくれたことはかなり幸いだったかなと。
小学生の時の入院は妹を通してほぼ毎日たろさんはじめ、クラスの仲良かった子と文通もしてたなつかしい思い出もあります(笑)これは本当にありがたかったです。
そういえば、この小学生時代、発症当初の貴重な血液検査の結果メモちょっーとだけでてきました!
白血球数:2900↓
C3:32↓
低い!!!
私は、本当にC3低い!
どうしたら上がるんだろうね?!私、基準値入ったの元気になっても見たことないんだよね??!
勿論抗リン脂質抗体をあらわす数値もあったようで。
なんかあと、抗体関係が普通反応ないものが反応示していたようです。皮膚の紅斑位かと思っていたら、手足の指先のは梗塞だったようです。はい。ただの顔と同じ皮膚症状じゃなかった…(´Д` )思っていたよりなんか色々でてたんですね★てへ★
ちなみに中学時代に1度検査入院した理由もわかりました。
抗リン脂質抗体の数値が高いことが続いて検査入院になったようです。なるほど←。
外来でも良かったけど、薬を変更か増やすかでほぼ毎日のように検査に来てもらうのはお母さんも大変だよねっていう先生の判断で入院したことは覚えているんです。
この時は学校転校しませんでしたが、同学年の女の子も学校行かずで一緒に過ごしてて、小学生の際お世話になった病院内学校の担任の先生も会いにきてくれたり、外泊も気軽にさせてくれたのであまり気負わずでした。
あとこのような資料を発掘。

これ、母が多分手に入れたものだと思うんです。思うというのも、10数年位前に大掃除で古いタンスから見つけて、自分の詳しい病気の内容をこれみてはっきり知った事実!(;´゚д゚`)え?こんなに症状あるの?ってびびった事実。
だってね、ネット環境今よりなかったし…ね?うん?
いえ、入院したものの大した症状なかったから自分の病気に興味がなかったんです。まじで。病院行って、薬飲んでとりあえず言われたことまもっていればなんとかなるーって感じで。細かいこと知りたい意欲あまりなかったんです。普通の生活をするための努力に全力注いでいた気がします。親が何よりそれを一番気にして、願っていたのもあるから。
とまぁ、なんか母に聞きにくいまま私の部屋にしまってあります。母がこれをどうやって、いつてに入れたかすらまったく知りませんでした。2冊あったからきっと父と一緒にどこか行って膠原病を知ろうとしてくれたのかもしれません。
そして、今更聞いたとこで本人覚えていなさそうだなぁ(笑)!
そんな思い出の過去の産物紹介。
まぁ、病状しかあまり記入してないですけど、過去色々ありましたよ★
病気に関係なく、普通に友人関係とか悩んだり、思春期反抗期に突入すれば勿論親との喧嘩だってあったし、家のことでなんでこんなことになんなきゃいけないんだぁーって出来事もあったし、妹とも歳が近いからかなり喧嘩やりあいました(笑)★
リフォームで直ったけど、記憶に有る限りだと洗面所ドアに八つ当たりして穴あけたりも(  ̄- ̄)トオイメ
良いことばかりではなく嫌なこと、つらいこと、悲しいこと、悔しいこと、色々立ち向かわなくてはならなかったり。多分多くの人がとおるみち。
そこに病気だからっていうことで制限されることもあって、でも自分の身体のためってわかっているからこのどこにも吐き出せないイライラが八つ当たりにかわったり(^_^;)
大人になったから割りきる部分もできてきましたけど。
昔は泣き虫で人見知りだったし暗い夜が嫌いで、そんな一人で病院にお泊まりなんてという感じでしたが、しかし今はだいぶタフに生きることができているかなと。まぁ、こんな私でもとりあえずケセラセラと、乗りきっているわけです(笑)
病気はまだまだ長い付き合いになりますからね!
※あくまで私の視点での症状や見解も入っている部分もあります。人により症状は様々です。ご了承くださいm(_ _)m
今回かなり長くなりましたがここまでお付き合いありがとうございますm(。_。)m
最後になりますが、訪問、いいね、ありがとうございます(○´∀`○)