運命と偶然と意思 | 全ては運命

全ては運命

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何かがおこるたびに

これは運命、

これは偶然

これは自分の意思

そういう場面ごとに

区分けをしているのもおかしい。

 

時間はずーーっと続いていて

自分にとっては

運命の瞬間であっても

隣にいる人からしたら

通常の時間。

 

その人にとったら運命の瞬間でも

自分にとったら何でもない時間。

 

それぞれが勝手に自分に起こったことを

運命、偶然、自分の意思

と区分けをしているだけで

時間はこの世の人、全てと共有していて

その中で起こっているわけなんだから

 

その人にとって運命の瞬間ならば

自分にとっても運命の瞬間だろうし

生きているものその瞬間全てが運命の瞬間という事になる

 

運命の瞬間というのは

その事前の存在があったから

その運命の瞬間がおとずれたわけで、
そうするとその前の瞬間も運命の瞬間で
その瞬間の前の瞬間も運命の瞬間。
ずーーっと運命の瞬間の為の、瞬間が
続いている事になる。

ずーーっと運命か
ずーーっと偶然か
ずーーっと自分の意思か
 
このどれかになるんだけど
 
ずーーっと偶然でないのは
偶然とは1度起きたことが二度と起きないような事をいう。

だけど毎日の生活も偶然ではなく
同じこと、朝起きて 出かけて
そんな事でも
同じことが出来ているわけだから
同じ事がかなりの頻度で出来ている
という事はこの世は偶然の連続ではないという事。
 
じゃあ自分の意思なのかというと
ああしたい こうしたい こうしよう。と決めて
意思を持って行動しても
それは100%出来ない。
全ては出来ない。
それが出来ている人はこの世で誰もいない。
この世はどんな人でも意思が連続で
通る世の中じゃないという事。
という事は意思の連続でもないという事。
 
時間は区分けがなくずーーっと続いているから
物事についての区分けは自分がしているだけで
何かの連続であるという事だ。
 
そうすると
自分の意思の連続でもなく
偶然の連続でもない。
だから残りの
何か別の力が働いているという事で
運命の連続だろう。という事