私の師匠は香港人。
香港人のオーナーオ夫人から上海スタイルのネイル技術を教わった。
小さなはさみで、爪周りを整えていく。
私はその技術に魅了され、弟子入り志願したのが27歳の時。
香港在住3年目のことだった。
日本に帰国して・・・ずっとこの美容業界で生きてきた。
もともと日本嫌いだった私。またすぐに日本を出てやろうと思っていた。
だから国際ライセンスをとったんだった。
15歳でNASA SPACE CAMPへ。
19歳で豪州一人旅へ。
23歳で香港へ渡航。
今年42歳。次はどこへ・・・
数年前から始めた表現活動。小さなキャンバスを前に
”どうしてこんな小さく表現しないといけないの?”と何度も思った。
”だって私はマニキュアリストなんだから!”の自問自答。
サロンワークとは違う。
自分の表現だから自由に心に思うがままに制作してきた。
ひとつ完成するのに数カ月、途中でほったままの作品も数知れず、出来あがった瞬間に”違う!!!”って思って捨ててしまったものも。
自分で創ってきたものを見返せば・・・”和”とか”日本の伝統文化”とか・・・
あんなに嫌いだった日本にも誇れる美しい文化があり、繊細で、かつ厳しい技術があった。
アメリカンのコピーをするぐらいなら、ジャパニーズの表現を選ぶ。
日本人だからこそできる表現をしていきたいと思った。
そこから生まれた作品。仏手アート。
”いのり”
仏像の手はなんと美しいと感じてきた。
しなやかな曲線は、それが男だろうが女だろうが性別を超えた美しさがある。
阿修羅だって、毘沙門様だって、お釈迦様だってインドの神様だし。
今は古くなってしっとりした色になっていても、きっとはじめは”キンキラキン”だったに違いない。
ネックレスもじゃらじゃらしている、ブレスレットも何重もつけてる。
ピアスだってしてるんだ。
どうして爪を飾らない???んだって、思ったんだった。
”きっと、似合うよ”って語りかけながら創った。
ベースには螺鈿(日本のは色が繊細すぎて・・・メキシコ産)と金箔、そして和紙を埋め込みやすりで丁寧に丁寧に美しいフォルム(曲線)を創り、ツヤが出るまで磨きあげるのが私流。
その上に、3Dやペイントを施した。
使っている和紙は、大正時代のモノ。戯曲なんだが、ひらがなや漢字の曲線が美しいからほどいて、ちぎった。
その書籍を譲ってくれたのは、彫銀職人。
何度も聞いた。本当にちぎっていいのかって。
今や、和紙にスキャンしてそれを使う事もできるから。
”本物使わんでどうする”って一言。
ありがたく使いました。
日本人だからこそできる表現でこれからも創る。
これは、いくら創っても売り物でもなんでもない。
けれどもジャパニーズマニキュアリストとして創り続ける。
私は自分の仕事が好きだ。
自分の手で生み出した仕事で対価を頂く。
そんな尊い仕事に巡り合えた事を誇りに思っている。
ARIGATO
芳眞





