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悟り・至高体験のお話

20年前に悟りを体験しました。スピリチュアルの世界では有名なエックハルト・トールさんが経験したのと同じ体験です。興味のある方との交流が出来たらいいな〜。

キリストは、「右の頬を叩かれたら、左の頬を出しなさい」と言ったそうです。

これについては色々な解釈がなされています。

私が悟りの境地にあった時、キリストの言ったことの意味がわかりました。

悟りの状態では、自我(エゴ)が全く無いので、左脳での解釈が生じません。

頬を叩かれた時、そこに存在していたのは叩かれた自分と叩いた相手です。

ただ、その事実があるだけです。

叩かれたら痛みを感じます。

それも事実です。

行動には、それに先立つ意志があります。

叩こうと思って行動を起こした相手と、叩かれた自分がいる。

相手と私は一なるものからの分霊であるので、元々は一つで区別がつかない存在。

私も相手も愛すべき尊い存在です。

叩いた相手を愛しています。

それは、叩いた行為を含めて相手の全てを愛してるって事です。

叩かれた自分も愛しています。

叩く意志を持った相手に喜んで左頬を差し出すのです。

決して自分が我慢しているのではありません。

愛してるが故の行動なのです。

決してマゾっ気がある訳ではありません。

叩かれた方は痛みを感じます。

痛みの感覚があって、過ぎ去っていく。

相手、痛み、自分に関連性はありません。

そこに思考が割り込んでくると複雑になります。

生きるって本当は凄くシンプルなことなんです。

我々は無駄にエネルギーを浪費しているのです。





悟りの状態に入っていた期間は何も怖いものがありませんでした。

愛しかありませんでした。

以前のブログの記事で、銃で撃たれる例を出しました。

銃口を自分に向けられていても、自分の意志で行動を起こしている相手に愛を感じているのです。

撃たれても、そこには愛しかありません。



悟った後にこの記事を読んでもらいたいです。


あなたはその時、「だよねっ」てきっと言ってくれるはずです。