「ザ・ロード」

コーマック・マッカーシー:作

黒原敏行:訳

ハヤカワepi文庫

 

 

終末を迎えた世界を歩き続ける父と少年の物語。

 

 

 

 

 

 

 

★★★〈自分が読んだ動機〉★★★

確か新聞の広告に載っていて、終末を迎えた世界で人間はどのように生きるのだろう、と思い興味を持ちました。

 

 

★★★〈こんな人におすすめ〉★★★

・サバイバル小説が好きな人

・終末世界を舞台にした物語を読みたい人

・絶望的な状況で生きる人間の物語を読みたい人

 

 

★★★〈映画化されています〉★★★

まだ見ていませんが、ヴィゴ・モーテンセン主演で映画化されています。

 

 

★★★〈あらすじ〉★★★

少年が生まれる幾日か前、一筋の光が夜空に現れ、直後に強い衝撃が起きた。

街や森は燃え上がり、空気中には灰が舞い、太陽の光は遮られ、気温は冬のように下がった。

その「異変」が起きてから何年かは、厚着してマスクとゴーグルをつけ、手押し車などに荷物を積んで彷徨う避難民であふれていたが、今や人間も他の動物も植物もほとんどが死に絶え、町は廃墟と化した。

灰が舞う薄暗い極寒の荒野を、父と少年は南へと歩き続ける。ショッピングカートに荷物を乗せて、少しでも暖かい場所を目指して—。

 

 

★★★〈ほとんどの命が滅び、静寂に包まれた薄暗い極寒の世界〉★★★

世界を滅ぼした一筋の光の正体が何なのかは語られていません。隕石や核ミサイルが想像されますが、いったい何が起きたのか、主人公を含めおそらく世界の誰もが正しい情報を得ることができなかったのでしょう。

灰が舞い陽の光が遮られた極寒の世界は、昼間は薄暗く、夜は真っ暗闇。ひたすら静寂が続きます。

 

父子が出会うのは荒廃した土地と廃墟、至る所に残る死体という「死」の風景ばかり。死体も干からびてミイラ化したもの、焼けて黒焦げになったもの、そして食べられた後のもの、など凄惨なものです。

 

ほとんどの命が滅んでも、生きている人間もわずかに残っています。

誰もが灰に汚れ、痩せた体で、汚れたボロボロの服を着て、廃墟の中から食べ物や使えるものを探して生き延びている。

主人公の父子もそんな人間の一組です。

 

 

★★★〈終末世界では、武力がものを言う〉★★★

文明が滅んで物資の供給は途絶え、動植物もほとんど死に絶えたため自然から採取することもできないため、必要な食料・物資は廃墟から見つけなければなりません。

父子は廃墟で見つけた缶詰や瓶詰、小麦粉や干からびた果実といったもので命を繋いでいます。

しかし廃墟を見つけても、めぼしいものはすでに略奪された後であることが多く、見つかるものは多くありません。

 

生き残っている人間も父子と同じように食べ物を探して彷徨っており、強奪・殺人・レイプ・人肉食といった悪行が蔓延しています。

一人でいる者、数人のグループで行動している者。奴隷を使う武装集団や、生き残った人間を監禁して食べているグループもいます。

父子が時折出会う生存者には、何の害もなくただすれ違うだけの人もいますが、荷物を奪うため、殺すために襲い掛かってくる者もいます。人間を食料としか見ていない、もはや獣に近い人間もいます。

 

父子が出会う人間は皆、銃や刃物や弓矢、手作りの武器を持っています。父親は拳銃を使ったり、物陰にひそんでやり過ごしたり、必死で少年を守ります。

食料が蓄えられたシェルターや寝泊まりできる廃屋を見つけることもありますが、他の人間がやってくることを警戒して数日滞在するだけで、一か所に留まることはありません。

 

何年も前に見たニュース番組内の防災グッズの特集で、「アメリカの非常用の備蓄品リストには、狩猟と護身のために銃がある」、という内容を見たことがあります。

日本とは感覚が違うと思いましたが、本書を読んで、略奪と殺人が横行する極限状態では、武力を持たない人間が生きていくことは非常に困難だと思いました。

 

自分から他人を攻撃することはなくても、食料・物資を奪われないため、他人から暴力を受けない為、奴隷にされないため、どうしても身を守るための武力が必要となる。

そんな殺伐とした世界がありありと描かれています。

 

 

★★★〈「火を運ぶ」父子〉★★★

父子は「自分たちは火を運んでいる」と言います。しかし「火」が何を指しているのかは語られません。

 

子供は生存者を見ると、助けられないか、何かあげられるものはないかと父に聞きます。

他人を助けられる状態ではないとわかっている父親は、積極的に助けようとはしません。しかし自分たちを襲ってくる者に反撃して殺すことはあっても、自分たちから人を襲うことはなく、食べられる死体を見つけても人肉を食べようとはしません。

 

そして父親と息子の間にはギスギスした空気は一切なく、時には他愛もない会話もします。

それはかつての「当たり前の日常」の「普通の親子」の姿。荒廃し暴力が蔓延する世界では、父親にとっては少年が、少年にとっては父親が、唯一の心の拠り所で、人間らしい温もりを持った存在です。

 

地獄のような世界でも生きようとするのは、生き物としての本能でしょう。しかし本能のまま獣のようになって生きるのではなく、人を食べず、理性を失わずに生きること。人間としての尊厳や良心を持ち続けること。それが「火を運ぶ」ことではないかと私は思いました。

 

 

★★★〈終末世界の生き方・・・究極のサバイバル〉★★★

本作は極限状態を生き延びるサバイバル小説でもあります。

 

父子は廃屋や船などを見つけると食料や物資を探すのですが、埃と肺にまみれた廃墟の様子や、民家の戸棚を開けて食料や生活物資を探し、貯水槽のふたを開けて水を汲み、容器に入ったガソリンやオイルを汲んで明かりを作るなど、親子の見る世界や行動の描写がとても具体的です。

そんな知識が役に立つ時があるのか分かりませんが、世界の終わりが来た時に生き延びる方法を探る、という視点で読んでも面白いです。

 

 

★★★〈生きるための必需品、靴〉★★★

サバイバルスキルに注目してみたときにハッとなったのは「一番の問題は靴と食料」と父親が思う場面。サバイバル小説や映画の中で水・食料を探すシーンは多くありますが、靴を探すシーンというのはあまり見た記憶がありません。

 

服はサイズが大きくても着られるし、毛布や布を体に巻き付ければ寒さをしのげる。布と裁縫道具があれば縫い合わせて服を作ることもできる。

しかし靴を手作りすること、壊れた靴を直すことは難しい。廃墟で見つける機会も少なく、自分に合うサイズの靴を見つけることはさらに難しいでしょう。父子が出会った人間の中には、ボロ布とボール紙を足に巻き付けて紐で巻いて止めている人もいます。

靴は消耗品なのに、手に入れることは服よりも難しい、と気づかされました。

 

確かに靴がないと怪我をするし、水や食料を探すこともできない。生きていくためには靴が必要という当たり前のことですが、灯台下暗し、まったく意識にありませんでした・・・

 

自分が生きているうちに終末世界に突入する可能性は低くても、大地震などの災害に直面する可能性はほぼ100%だと思っています。

終末世界ではなく災害時の備えとして、歩きやすさの確保と、そしてお気に入りの靴を汚さないためにも、歩きやすくて汚れても構わないスニーカーや登山靴は必須だと思いました。

(非常時にそんなこと気にするな、と言われそうですが、お気に入りの靴は汚したくないので・・・)

 

 

★★★〈終わりに〉★★★

灰にまみれた極寒の薄暗い世界は、生き残ったとしても地獄のような世界です。いつ終わるとも知れない絶望感の漂う世界を歩きながら、お互いを思いやる父子の姿に救いを見る物語です。