パワハラ議員が世間を騒がせていますが、
色んな意見がよりことを大きくしていますね。
人はそれぞれ生きてきた軌跡が違いますから、意見は異なって当然です。
けれど、何かを変えようと訴える人を非難することは、個人的には好きになれないです。
火に油を注がない程度に、ちょっとだけここにコメントを残しておきたいと思います。
私の退職理由も、いわゆるパワハラです。
そして同じく、相手は女性(が筆頭)です。
退職の際し、会社都合で辞めたかったのですが、
証拠といえば、自分で書いた日記程度です。
結局会社都合の退社を認めてもらうことはできませんでしたし、訴訟は考えていません。
本当はレコーダーに録音するのが理想でしたが、いつ何をされるかも分かりませんし、誤作動で機械音が鳴ったら、と思うとどうしてもメモで残すくらいしかできませんでした。
話を戻します。
私の場合は一企業の役職持ちでしたが、国会議員相手だと、「音声」という
絶対的な証拠が必要だったのだと思います。
恐かったと思います。
万が一見つかったら、終わりですから。いろいろと。
レコーダーを録音した、という事実だけでなく、録音した状況を想像すれば見方は変わってくるのではないでしょうか。
暴言を吐く人は、ストレスがたまりすぎていると客観的に思います。
思うまま言葉を言ってしまった後に後悔し、詫びを入れてくるのもこうした激情型の人たちの特徴です。
自分でもわかっているのです。言い過ぎたと。
しかし周りに注意されることなく年月を積み重ねていくと、罪悪感がマヒして、更に暴言が加速していくのです。
だから、こういう人に役職を与えてしまうのは良くないのです。国会議員もしかりです。
本人にとっても辛いですし、周りももちろん辛い。
容量オーバーになっている、そんな心の悲痛な声が暴言となって出てくるのだと思います。
私はパワハラの被害者として何か言うつもりも、加害者をかばうつもりもありませんが、
社会的評価を気にして、本来の性格に見合わない仕事を選んでしまった彼女たちも、社会の犠牲者だということは言えます。
もちろん加害者が悪い。
けれど、根本から掘り下げていくと、少し違った面も見えてくるのです。
人を恨んでも、どんどん自分の心が荒むだけです。
だから自分は、人を許すことで乗り越えていきたいです。
誰が悪い、誰のせいだ、なんて視点は止めて、一つの人生経験として、貯金をしたと思うようにします。
人を変えることは難しいです。
自分より何十年も人生を多く生きている人ならなおさら。
どんな相手でも、どんな被害を受けようと、自分が変わるしかないんだと。
社会はこんなに厳しいものなんですね。若いうちに気づけて良かったです。
この荒波は、どこかの大きな船に乗れば安泰、という訳ではなさそうです。
小さい船でも自分でリールを持って、どんな波が来ても漕いでいくしかないのですね。
次の仕事ではたとえパワハラがあっても、跳ね返していけるくらいの覚悟を持てる仕事に就こうと思います。