人間の視点から見ると
「大変なことが起きている!」
「助けなければ!」
神さまの視点から視ると
「知ってるよ」
「大丈夫だよ」
人間の視点から見ると
「かわいそう」
「何とかしてあげなければ」
神さまの視点から見ると
「救われてるよ」
「導かれてるから大丈夫だよ」
人間の視点から見ると
「ゆるせない」
「あんなヤツとは一生口もきかない!」
神さまの視点から視ると
「大丈夫だよ。
もう、ゆるされてるよ」
「あなたの愛と話をしてごらん」
人間の視点からみると
「なんでいつまでたっても
良くならないんだろう」
「何が悪いんだろう」
神さまの視点から視ると
「良くならないイメージがあるだけだよ」
「あなたはパーフェクトだよ」
人間の視点から見ると
「なぜ私は誰からも
愛してもらえないんだろう」
神さまの視点から視ると
「すでに愛されてるよ」
「思い出してごらん」
人間のアタマで思い浮かべることは、
現象を切り取って捉えた小さな静止画イメージ。
今まで繰り返しできた無意識のリソースたち。
そこじゃない、そこじゃないよ。
神さまは何度も何度も、人間に訴えかけている。
気づくかどうかは、わたしたちが、囚われの夢から、
いつ目を醒ませるかどうか。
表面的な現れを見て、今まで見てきた
夢のイメージで固定するか。
今ここから溢れてくる、愛のまなざしに気づくか。
わたしたちは、皆、人間という夢を見ている。
寝ても醒めても。
本当は神さまのいる場所で、安心しながら、
今日も、夢を見ている。