ゆにこが最近までハマっていたオーガニック生活。
 
 

 

 

でも、それが苦しくなり始めたのは、

 

 

 

 

 

オーガニックを信仰している人達のやり方を

 

 

 

 

 

取り入れれば、取り入れるほど、
 

 


 

家族とだんだん

距離を感じていったのだ

 


 
 

肉食の夫とは

 

 

 

 

『オレをウサギにさせる気か!』

(y ゚Д゚)y(y ゚Д゚)y

 

 

 

 

 

とよくケンカしたし、娘は相変わらず、

 

 

 

 

 

わたしのいない所でジャンキーなものを好んで食べるし、
 
 

 

 

その中で頑なに江戸時代の一人キリシタンのように

 

 

 

 

 

 

オーガニックにハマっていくゆにこ・・・(笑)
 
 

 

 

決定的だったのは、家族でわたしの大好きな

 

 

 

 

 

オーガニックブッフェに行って

 

 

 

 

 

 

 

帰ってくる途中、滅多に事故らない夫が、

 

 

 

 

目の前の車に

衝突事故を起こしたこと

Σ( ̄ロ ̄lll)


 
 

娘と二人でオーガニックのお店に行っても、

 

 

 

 

 

 

 

娘も食べられないものだらけで、

 

 

 

 

わたしが2倍

食うことになる(笑)

:(;゙゚''ω゚'')::(;゙゚''ω゚''):


 
 

おかしくね?

このエネルギーちょいと

おかしくね??

:(;゙゚''ω゚'')::(;゙゚''ω゚''):
 
 

 

 

オーガニックって、人間にも自然にも地球にも

 

 

 

 

やさしい選択で、多くの人がオーガニックになると

 

 

 

 

 

自分も地球にもいいんだと思ってた。

 


 
 

でも、現実は

そうではなかった。
 
 

 

 

家族の距離はますます離れていくし、

 

 

 

 

 

食べるものでシェア出来ないし、

 

 

 

 

 

何せ自分の頑ななエネルギーが一番気持ち悪かった。
 
 

 

 

そういえば、オーガニックに徹底してる人で、

 

 

 

 

 

家族とうまくやってる人って、

 

 

 

 

 

ゆにこの周りには、あんまりいなかった。

 


 
 

ひとり暮らし独身者だったり、家族がいても離婚してたり、

 

 

 

 

 

結婚してても夫婦2人暮らしだったり、親元にいたり、
 

 


 

オーガニックを通じて家族が仲良くやってる人って、

 

 

 

 

 

家族の愛のエネルギーが感じられる人って、いなかった。
 
 
 


オーガニックを通じて共有できる限定的な仲間とは

 

 

 

 

 

ワイワイ繋がれても、家族というバックボーンの

 

 

 

 

 

愛のエネルギーが、

感じられないのだ。
 
 

 


 

家族というコミュニティが

ピースフルの基本原理

 

 

 

 

のゆにこには、そこがどうしても腑に落ちなかった。
 
 

 

 

なんでいいもの食べてるのに、家族と繋がれないの?
 
 

 

 

 

そこが一番大事

なんじゃないの??
 

 

 

疑問は解けない。しかし、食べ物がいいのはわかる。

 

 

 

 

 

でも、それだけでは

愛に繋がらない
 

 

 

どんなにいいものであっても、表面的なLoveで、

 

 

 

 

 

 

それを取り入れるものとしか限定的に繋がらない。
 
 

 

 

全体を受け入れ共有する『Agape』の愛ではなく、

 

 

 

 

 

限定的な表面的なエネルギーの共有に感じられた。
 
 

 

 

そこで自分だけなら、いいけど、

 

 

 

 

 

それを家族に共有しようとするのをやめた。
 

 


 

夫が肉を食べたいなら、肉を食べていいし、

 

 

 

 

 

娘がジャンキーなものを食べても口出すことをやめた。
 
 

 

 

前は、それをあーだこーだ批判していたけど、

 

 

 

 

 

それを手放した。
 

 


 

オーガニックにハマり過ぎるって、強烈な自己否定と、

 

 

 

 

 

それを助けたいって思いが、物凄く強い。

 


 
 

ゆにこもずっと母を助けたかったし、

 

 

 

 

 

自分を否定してたから、まんまとハマったけど、
 

 

 


 

強烈な自己否定がなくなると、他者や家族が何を選択しても

 

 

 

 

 

ゆるせるようになるし『こうあるべき』というイメージがなくなる。
 
 

 

 

 

『みんな(地球や自然を)助けたい』は『自分を助けたい』だし
 

 


 

何を選択してもいいし、周りの世界を変えたかったら

 

 

 

 

 

『変えなければ』という

強烈な自己否定

 

 

 

 

 

取っ払わない限り、永遠に『変えなければ現象』

 

 

 

 

 

 

とつき合っていくことになる。
 
 

 

 

 

本当は

『変えなければいけないこと』

なんて何ひとつない。
 

 


 

 

わたしたちは自分で『変えよう変えよう』とする思いが

 

 

 

 

 

剥がれた時に、初めて

 

 

 

 

いつの間にか変わっていた

 

 

 

 

 

というAgapeの愛が訪れるのかもしれない。