この世界で起きることは
ぜんぶ〝自分〟
否定したくなる出来事や
どうしても解り合えない ひとや
目をそむけたくなることも
ぜんぶ〝自分という素材〟で出来ている
だから受け入れろ ということではなく
そのまま そのまま ぜんぶ
ぜんぶ自分だったと
最初から ひとつだったと気づくまで
自我のわたしは
今まで生きてきた経験ストーリーを抱えて
どうしても〝わたし〟と〝ちがうなにか〟を
分けて捉えてしまうけど
それすら超えた 何かである わたしに
ふと気づいたとき
そこから どんな現象も どんなひとも
ゆったりとみている
自分に気づいたとき
今までの経験ストーリーではない
もうひとりの わたしに出逢う
それが ほんとうの 自分だと気づいたとき
目の前のひとも ものも 現象も
この体も ぜんぶ
おなじひとつになって
なんとも言えない
愛しさが込み上げてくる
ちがいがあっても
経験しても しなくても
ぜんぶ自分という愛の世界に
わたしは棲んでいる