第8章112偈

 

  おこたりなまけて、

 気力きりょくもなく

 百年生きるよりは、

 堅固けんごにつとめはげんで

 一日生きるほうが

 すぐれている。

                           中村元博士訳

 

 

 

 

 

 

  解説

 

 この法句は、分かりやすい言葉で翻訳されておりますので、解説なしでも誰でも理解できるのではないかと思います。よって解説はただの蛇足になってしまうかも知れませんが、少しだけ説明させていただきます。最初の「怠りなまけて、気力もなく百年生きる」とは、熟語「酔生夢死すいせいむし」のような生き方であろうと思います。此の熟語の出典は中国の「程子語録ていしごろく」ですが、酒に酔っているかのようにぼんやりと一生を過ごし、夢を見ているかのように死んでいくということですが、このように百年生きるということです。「堅固につとめ励んで一日生きる」は、よく知られている仏教用語「勇猛精進ゆうみょうしょうじん」(この用語は、法華経序品第一にあります。即ち、「又菩薩ぼさつの勇猛精進し、深山に入って、仏道を思惟するを見る」)のような生き方、即ち、意志を固く保ち、困難に打ち勝って仏道修行に励むこと、という意味になります。仏道修行は、真理(悟り)を求め、ブッダの教え(法)に随って修行することでありますが、仏道修行は、修行者(出家者・或いは僧侶等)だけではなく、一般の人々が自分に与えられた仕事を堅固に一生懸命に勤めること、と言い換えても差し支えないと思います。

 日蓮聖人は、「門家もんけは、夜は眠りをち、昼はいとまとどめ之をあんぜよ。一生むなしく過ごして万歳ばんざい悔ゆることなかれ」(富木殿御書)と仰せられております。大変厳しいお言葉ですが、以て心に銘ずべきでありましょう。

 

 

 

 釈迦苦行像 ブッダガヤ前正覚山の留影窟内

  この苦行像はパキスタンのラホール博物館のコピー

  だということ。

 撮影日 2018.11.17