第8章100偈

 

  無益むえきな語句を

 千たびかたるよりも、

 聞いて心のしずまる

 有益ゆうえきな語句を

 一つ聞くほうが

 すぐれている。

                 中村元博士訳

 

 

 

 

 

  解説

 この偈は、誰でも読んで直ぐ理解できる易しい偈ですので、説明は不要かと思いますが、より深く理解していただくために少しだけ説明させていただきます。「有益な語句」とは、「悟りの境地」に導く有益な語句という意味です。「悟り」については、説明は難しいのですが、超簡単に説明しますと、「悟りの境地」とは、煩悩を滅した「安らぎの境地」というところでしょうか。「無益な言葉」とは、悟りの為には何の役にも立たない言葉、と考えればよいのではないでしょうか。

 現代は、余りにも情報が多過ぎます。その情報の中身を詮索したり、自分にとって必要なものかどうかを考える余裕もないままに、次々と情報が押し寄せてきて情報の洪水になっています。例えば、格言、名言類は勿論、事業を成功に導く起業家のアドバイス的な言葉、人生相談における著名人の名回答等は、全て真摯な言葉であり、うなずける言葉ではありますが、しかし、ストンと心に納まり、「悟り」に資するような言葉は少ないように思います。また、最近のAI(人口知能)は、全ての事を解決してくれる全知全能の知恵者的存在になっており、AIの利用者は右肩上がりに増えているということです。果たして、私は、私たちの人生をこのAIにたくしていいものかどうか疑問に思っております。何を信じてよいのか分からないままに、世界がどんどんと先に進んで行くというような、先の見えない不安な世の中になってきているような感じがします。

 日蓮聖人は、「仏法を修行せんには人のことば>をもちゆべからず、(ただ)あおいで仏の金言きんげんをまもるべき也。」(如説修行鈔)と仰せられております。仏教ではこれを

依法不依人えほうふえにん」、即ち「法にって人に依らず」と言っております。以て心に銘ずべきでありましょう。

 信頼できる言葉、それは、人の言葉ではなく、「法句経」や「スッタニパータ」に

示されるブッダの「真理の言葉(法)」、或いは、後期の仏典にはなりますが、大乗仏典の言葉等も「真理の言葉(法)」に違背しない言葉であれば、「金言」として信頼できる言葉になるであろうと思います。この「真理の言葉」を有難く受け、実践し、自分のものとしていかなければならないのではないでしょうか。 kenyu.o

 

 

 

 上野公園パゴダ薬師堂にある、1923年の

 関東大震災で落下した上野大仏の頭部。2016.5.28撮影。