第7章96偈

 

  正しい智慧ちえによって解脱げだつして、

 やすらいにした人ーー

 そのような人の心はしずかである。

 ことばも静かである。

 行いも静かである。

                         中村元博士訳

 

 

 

  解説

  上記の翻訳は、易しい言葉を使って分かりやすいのですが、正しく理解していた

 だくために、少しだけ補足させていただきたいと思います。却って難しくなるかも 

 しれませんが、正しく理解していただくためですのでお許しください。

 「正しい智慧」とは、「四諦八正道」を理解する智慧のことです。

  まず四諦とは、苦・集・滅・道の諦(真理)のことで、《苦》は、人生は苦であ

 る(一切皆苦いっさいかいく)、《じゅう》は、苦の原因は煩悩ぼんのうである、《めつ》は、苦の原因(煩悩)   

 を滅するということです。この苦の原因を滅するによって、苦の悪循環から脱却す 

 るということです。《どう》は、苦の原因(煩悩)を滅する方法を述べたもので、そ 

 それには八つの方法(八正はっしょうどう)があるということです。

  八正道は、正見(正しい見解・智慧)、正思(正しい考え方)、正語(正しいこ

 とば)、正業(正しい行ない)、正命(正しい生活)、正精進(正しい努力)、正

 念(正しい気づかい・思慮)、正定(正しい瞑想)の八つの方法です。

  ここで、「正しい」という言葉が使われておりますが、「正しい」とはどういう

 ことか、と私は考えてしまう訳です。いろいろな仏教専門書を見ても、「正しい」

 について触れている本は見当たりません。ということで私見になりますが、「正し

 い」という言葉は、「解脱(悟り)への精進(努力・修行)の妨げにならない」、

「精進を助ける」という意味合いの形容詞ではないかと思います。

解脱げだつ」(悟り、涅槃ねはんともいう)とは、苦の原因である煩悩(とん<むさぼり>、

 じん<いかり>、<おろか>)を滅した自由で平安な境地を言います。

  及川博士は、「その人の心はしずめられており、言葉と行為とは静められている」 

 と訳されております。そして、「静められているとは、煩悩が消尽されている。寂

 滅している。」と解説されております。

  解脱して、やすらいに帰した静かな状況を、スッタニパータは「川底の浅い小川

 の水は音を立てて流れるが、大河の水は音を立てないで流れる」(720偈)と述

 べております。                        kenyu.o

 

 

 

 

 

 

 

 早朝のガンジス河(ベナレス) 2018.11.15 撮影