中央線紀行 諏訪大社グランドスラムライド MDF141
『諏訪歴史探訪 MDF062』以来約2年ぶりの諏訪湖畔訪問。マンホールの写真収集もテレビが取り上げるほどメジャーになって、秘かな楽しみ感がうすれたので、列車内路線図を撮影して楽しむことにして、冒頭に掲載。ブロンプトンとともに下諏訪沖に到着。諏訪大社のしめ縄だろう。ホームに鎮座。しめ縄の横には、御柱が横たわる。下諏訪三角八丁エリアのまち歩きマップ切符を確認。急いで地下鉄から電車に乗り換えとなってしまい、車内乗り越し追加購入。当初、『諏訪歴史探訪 MDF062』の終了ポイントの「岡谷」で降りるつもりだったが、車内でブログの記述やら、ガーミンGPSの走行記録を確認してみると記憶がCome Back。四つ社からなる諏訪大社。下諏訪町には北の下社(シモシャ)の秋宮と春宮があるが、前回は秋宮のみ参拝だったことを思い出す。春宮を訪れずして諏訪大社Grand Slamの成立無し。生涯グランドスラムでもいいが、ここは早々にワンライド・諏訪大社グランドスラム達成といきたいもの。前回の最終ポイントにして諏訪湖一周達成地点の岡谷でリレー走の引継きが最も理想的。しかし、走り始めていきなり岡谷-下諏訪間の往復は何となくモチベーションが上がらない。そこで、北の下社の最寄り駅、下諏訪駅をスタート地点にする事にした。「みさきリレー走」上は、諏訪湖一周は、ビワイチ、アズキイチに続き、二日掛かりで達成と言うことになるが体力温存で甘んじてぶつ切りの一周軌跡を受け入れよう。ところで、JRの規程では100kmを越える距離での乗越精算は、切符買い直しとなると聞いていたので、短く買って長く乗り越すこの切符買い方は、賢くて最強(余分な追加料金を発生させない)のチケット購入法だと思っていた。ブログ投稿にあたり本当に最強か検証。運賃確認はYahoo!乗換案内の情報に基づく。【購入法】その1:千種-下諏訪の通しの乗車券購入=3,350円。(By Yahoo)その2:千種で取りあえず、140円の切符を買い、車内で下諏訪までの乗車券を購入:=140 + 3,210 =3,350円。(今回の購入と同じ方法)その3:千種-岡谷で乗車券を買い、岡谷で乗り越して、岡谷-下諏訪の乗車券を買い直し=3,020 + 190 =3,210円。(By Yahoo)検証したら、By Devil Also, あくまでも、Yahoo!乗換案内の情報上では、乗り越し精算が一番安くなる。あれれ?!想像と違う。その3が一番高いなら今回のチケット購入が賢い選択といえるのだが・・。その3のようにこちらの想像通り、本当に3,210円で乗り越し精算してくれるか、興味は沸くが、損が嫌いなJR。そんな計算してくれるだろうか。なぜ、こんなことに興味が有るかというと、ビワイチ走(ビワ0.5前半)の際、以下の経験がキッカケ。(a) 近江高島ー名古屋の乗車券購入:2,590円(b) Yahoo!乗換案内で、近江高島~名古屋の料金と近江高島~金山が、同じ料金であることに気付き、「名古屋」を乗り越し、「金山」で追加料金無しで精算し地下鉄に乗り換え混雑区間を迂回し電車で帰る名案を思いつく。(c)ところが、改札口で「名古屋~金山」の正規料金を徴収される。(d)後に前述の「100km超の切符の買い直しルール」を確認。果たして、車内で千種~岡谷の切符(3,020)を見せて、ヒト駅先の「下諏訪」に降車駅を変更したいといったら、190円の下諏訪~岡谷の切符を発券してくれるのだろうか。JRの切符発券ポリシーの話はこれ位にして、改札を出るところに話を進めよう。改札係の如く、石仏がお出迎え。下諏訪駅駅を出るとこちらが、ホームで写真を撮っている間に、準備を済ませたのだろう、折り畳み中のブロンプトンを引っ張っていると、既に走行開始したブロライダーに遭遇。こちらも早速、展開して諏訪大社巡りを始めようと思ったが、取り外し式の左ペダルがない。記憶を辿るとどうも地下鉄入り口で階段の前で折り畳んでカバーかけした時にバッグに入れ忘れた可能性大。余裕をかまして暫しバッグの上に載せてブロンプトンの速攻輪行準備をしていたのがミスの原因。ここで記憶は一年と半年前、「サイクリングの日 MDF100」。同じく長野県は穂高駅での出来事。同号を読み返すと、「着脱式ペダルWellgo Power(左)が無い。」との記述。あの時はGoogle Mapsで自転車屋さんを探して、かなり苦労して替えのペダルをゲットしたっけ・・。街の感じはこちらの方が自転車ショップが近くにありそう。下諏訪駅から1キロ圏内の某自転車屋さんで、ペダル購入し事なきを得る。グーグルマップで取得した自転車屋さんの画像。お世話になりました。(但し、格安品が無く四千円の出費はチト痛い経験。今後は軽量の格安ペダルを忍ばせておくことを真剣に検討しようか・・。)発進が1時間弱遅れたが、自らの不注意がまねいたミス。ここは諏訪大社の神々のお導きかもしれないと思えば、懐は痛いが不思議と心は穏やか。まずは、前回訪れた秋宮に向かい参拝。七五三などで参拝客はそれなりに多く、また、前回、ブロ入りの写真は撮っていることもあり、ブロ無しの境内のみで撮影し撤収。存在感抜群のしめ縄がある本殿。秋宮を後にして、春宮に向かう。思っていたより遠くにあるように感じたが、足の力の衰えか、体重増が原因か。とにもかにも、時間をかけ春宮到着。鳥居の右の柱の横にブロンプトン。境内は、春宮に比べると参拝客は少ない。本殿の後方に、黄に色づく紅葉の葉が綺麗だった。川を渡り、万治の石仏を見に行く。説明板書き写しは本投稿の最後に用意。万治の石仏諏訪湖西岸からの写真写真の左方向が下諏訪。右は岡谷。写真正面は甲府方面。軽く波立つ湖面。サイクリング日和。体育の日の三連休以来、まともな運動なしの状態からのロングライドで、既に、体力に一抹の懸念・不安を抱きながら、諏訪の上社を目指す。左の奥に八ヶ岳がクッキリ見えるのが嬉しい。街路の植木は綺麗に刈られて、葉も赤くなり、地味だが、なかなかの絵になっている。上社、諏訪大社(本宮)に到着。真っ赤で派手な街路樹の先に白い鳥居。諏訪大社本宮正面から本殿お守りを買い、また、鳥居の前のお土産屋さんで、サービスの柚ジュースを頂いて(お土産も購入)、前宮に向かう。道沿いの大きな前宮の鳥居をくぐったところ。一番上の文字がはっきり見えないが、「官幣大社 諏訪大社前宮」と書かれているようだ。石碑の後方の大木万治の石仏 説明書き書き写しは本投稿の最後に用意。大木の写真の右端に写る鳥居のくぐると坂道の参道か続く。初めて見るデザインのカラフルなマンホールあったので、収集癖は捨てたつもりだが、この蓋だけは写真に収める。長い坂道の参道を登ると前宮。そのまま読めるので、書き写しはしないが、七年毎に御柱がたてられるということが書かれているのが興味深い。前宮の本殿。参拝者が少ないタイミングでとったが、もう少し参拝している人は多かった。国道沿いで、本宮も近く、御柱がたっているこ事も、参拝者の多い要因だろう。本殿の手前の小川に立て札がある。名水「水眼(スイガ)」の清流名水の良いが、小川の上流に御柱が建っている。「前宮二之御柱」とのこと。一之御柱を探して上へ歩いていくと右側の隠れた場所に御柱。「前宮三之御柱」更に進むと入山禁止の立て看板一之御柱はこちらに無さそう。前宮の本殿に戻る。すると本殿の右に建つ柱が見えた。本殿の下の右の道を進むと御柱。「前宮一之御柱」説明書き説明の書き写しは本投稿の最後に用意。前宮の参道から八ヶ岳を望む(ズームアップ画像)すこし下の位置の参道から。手前に紅葉の赤い色が映える。諏訪大社のグランドスラムを達成し、あとはどこまで行けるか。まずは八ヶ岳の玄関口の茅野をこえるが、道は本の少しではあるが登り基調でスピードが上がらない。体が軽く火照る程度のペダリングで、若干、冷たさを感じる空気が、ちょうどいい感じではあるがいつまで登りがつづくやら。国道を走っていると八ヶ岳への視界が開けて、写真を撮る。改めて写真を眺めると、八ヶ岳に後光が差しているような絵になっている。夕暮れを迎え、どこから輪行をしようか悩みはじめていたところ、富士見町を過ぎるか過ぎないかの場所から道が下り基調になる。荷物を積んだ8年超使いのブロンプトンでも時には30km/hは優に越えて走行できるようになった。ライトはバッチリ、エスケープルートは中央線が平行して走っているので、行けるとこまで行こうではないか、という気分になる。日もすっかり暮れたが、月明かりも明るいのも心強い。宿は甲府。チェックインは21時と伝えているので時間的余裕は確保されている。夜になると冷えるのは間違えないが、高度を下げて来ている所為か、むしろ、気温は暖かくなっている感がある状態。韮崎市通過、甲斐市に入り、甲府到着も見えてきた。途中若干の登りの場所では軽く太腿がツりそうな症状も出始めるがゴールはもうすぐ。甲府市内に入り甲府駅までの道が長く感じる。自転車専用道もあり、安全に走れる。甲府駅到着。上記写真をズームアップして「甲府駅」の看板に加えて、中央の赤い灯りが鮮やか。そして灯りの左の白い柱は御柱の如く。駅近くの宿に入り、諏訪大社・グランドスラム・ライド終了。 おわり【書き写し その1】万治の石仏明暦三年 諏訪高島藩主諏訪忠晴が諏訪大社上社春宮に石の鳥居を寄進しようとしました この仕事を請け負った石工がこの地にあった大きな石を加工しようとノミを入れたところ 石から血が流れ出しました 驚いた石高は鳥居を造る作ることをやめ この不思議な石に阿弥陀如来像仏を刻み 建立したと伝えられています万治の石仏はその名の通り「万(ヨロズ)のことが治(オサマル)」万事を「ばんじ」と読み 物事をばんじまるく冶めて願いを聞いてくれるありがたい石仏として 広く人々の信仰を集めています大きな自然石にちんまりと首が乗っているアンバランスな佇まいとユーモラスな表情が特徴的 日本が誇る芸術家 岡本太郎も万治の石仏を愛してやまずこの石仏を拝むために下諏訪を何度も訪れました【書き写し その2】長野県指定史跡諏訪大社上社前宮神殿跡昭和三十九年八月二十日指定ここは諏訪大社大祝(オオホウリ)の始祖と伝えられる有員(アリカズ)が初めて大祝の職位について以来、同社大祝代々の居館であったところで、神殿(ゴウドノ)は神体と同視された大祝常住の殿舎(デンシャ)の尊称である。この神殿のあった地域を神原(ゴウハラ)と言いあ代々の大祝職位式および旧三月酉日(トリノヒ)の大御立座神事(オオミタテマシシンジ)(酉の祭)をはじめ、上社の重要な心地のほとんどがこの上原で行われた。境内には内御玉殿(ウチミタマ)・十間廊(ジュッケンロウ)・御宝社(ミタマシャ)・若御子社(ワカミコシャ)・鶏冠社(ケイカンシャ)・政所社(マンドコロシャ)、柏手社(カシワデシャ)・溝上社(ミゾカミシャ)・子安社(コヤスシャ)等がある。 文明十五年(一四八三)正月、大祝家と諏訪惣領家による内訌の争いで一時聖地がけがされたことはあったが、 清地にかえし大祝の居館として後世まで続いた。後、この居館は他に移ったが、祭儀は引き続いて神原に於いて行われてさた。 諏訪大社上社の祭政一致時代の古体の跡を示している最も由緒ある史跡である。昭和三十九年八月二十日長野県教育委員会茅野市教育委員会【書き写し その3】御柱(おんばしら)前宮一之御柱である長さ五尺五寸(約十七米)直径一・二米(目通り)の樅の木である御神徳の更新を祈る氏子の魂を結集した御柱である上社綱置き場(御柱置場)より二十数キロの行程を数千人の氏子の奉仕により曳航されるので裏側は擦り減っている茅葺の御宝殿と共に寅歳と申歳の七年目毎に立て替えられる御神木で神域の四隅に建立される御柱祭は天下の奇祭として有名であり次回の御柱祭は平成三十四年壬寅歳に行われる諏訪大社以上