今回も前回の続き。

実家からの帰省後の話である。

2020.5.20以降!

大阪に戻った私は免許更新、コンタクトレンズの受け取り、年金の申請等々、何かしらの予定に追われていた。
コロナも落ち着きつつあったのは非常にありがたかった。
毎日、動き回ってやるべきことを早く消化したせいで5月末にはやることがなくなってしまった。笑
まだその時には周りの人も自粛傾向にあったため、誰かに会うこともなく、4月上旬のような退屈な日々を過ごした。
もちろん、家の外には出たりもしたが。
極力人と会わないように、家の前のカフェのテラスで本を読んだりする日々を過ごした。笑

6月になり、シンガポール国立大学から頻繁に連絡がくるようになった。
コースのスタートは8月3日からだが、以前としてシンガポールでのロックダウン的なサーキットブレイカーが発令されていたため、大学再会は未定であるとの連絡がメインであり、私も入国や航空券予約、住居の確保など不確定要素が多すぎて日々不安であった。

とにかくわからないことは聞きまくるというスタンスのもと、入国に関してメールでやりとりしたが、ついに6月15日、大学からSemester 1はオンラインベースで授業を行うことになったとの連絡がきた。

6月12日からシンガポール航空の関空⇄チャンギ便が再開されていたので入国できると思っていた自分にはショック過ぎた。

憧れであった海外生活を早くしたい、シンガポール国立大学での学びをスタートしたい気持ちが非常に強かったため、気持ちが萎えてしまった。

父にも相談したが、とにかく寮に入寮できるまで行かない方が良いと言われた。
いやいや、大学の学生寮は倍率も高くクライテリアを見ても可能性は低い。
そんなこと言ってたら、いつまでも入国出来ないと。

もはや心が折れてしまった。
12月から夢見てきた生活が延期され、全てがどーでも良くなってしまった。
この感情は表現できない。

しかし、父はなぜか楽観視している。
あーかなりの温度差を感じると。

そんな最中で父が子に対する期待と自分が思っている事との乖離が見えしまい、俄然テンションが下がった。
もはやそんなことで一喜一憂してたらダメなのだが。
気持ちがシンガポールに行くことに向いていたため、中々切り替えられない。

極端な話、親の操り馬ではないとも思ってしまった。

難しい。。。
もどかしい。。。
複雑な気持ちである。

そんなこともあり、今はストレス発散がてら友達に会ったりもしている。
勉強しなければいけないとも思いつつ、気持ちが切れてしまっている。
分かってはいるものの、難しい。

そして昨日6月21日、父の日を迎えた。
なんでこんなタイミングで。
今までは母に電話で話を聞いてもらいストレスを発散していたが、何故か昨日は格段テンションが上がらなかった。
もちろん、2日前に父の日のプレゼントも購入していたが、当日は直接渡す気にならなかった。
本当に申し訳なかった。
朝父が起きてきたら、気付く場所に置いておいた。

そして昼にランニングに誘われたがそれも断った。
あー、何をしているのか。情けない。

夜になり、ご飯に誘われた。
久しぶりに一緒に食事に行くことになった。
父の日なのに父にご馳走になってるが。。。
まあそれは良しとしよう。

問題は父と自分の間にある考え方、思いの違いがかなり大きいことが自分にはかなり引っかかっていた。
そのため、飯にいっても自ら話すこともあまりなく、ただ相槌を打ち、返事しているだけだった。
本当に申し訳ない。

寿司を食べにいったが、最高のテンションで来たかったと思った。
なにより、せっかくの父の日。
喜んでもらわずもはや気を使わせてる。
自分はなんて親不孝な奴なんだと。

とりあえず帰宅した。
帰宅しても父と会話することはなかった。
挙句、父に

元気ないぞ!どうした?

と言わせてしまった。

はぁ。申し訳ない。

まだどうしたら良いのかわからない。
気持ちの整理ができたら話をしよう。

そんなことしか思いつかない今日この頃。

今回はこの辺で。
全く面白くない内容ですいません。

シンガポール国立大学への道は一筋縄では行かないよって事をわかってもらえたらこのブログを書いてる価値があるのでそう思って読んでもらえたら幸いです。