シンガポール国立大学大学院のcourseスタートまで残り1ヶ月弱。
コロナウイルスで入国出来るかも不透明でありながら、着々と準備を進めている。
6月12日からはシンガポール航空も日本便が再開されるなど、慌ただしく感じる。
それでは、シンガポール国立大学合格までの道のりを残しておこう。
まずは2019年12月まで!
2017年8月に年に東工大大学院を目指した受験が失敗に終わり、そこから海外の大学院へと進学するために過ごした関学での日々は自分にとって大切な時間であった事は間違いない。
合格発表を大学で見るまで、あれほどまでに時が過ぎるのが遅く感じたことはなかった。
そして8月17日の受験から約1週間後の23日、結果が出た。
不合格。
悔しくて悔しくて、泣いたな。
人生全て終わったと思った。
父に会わせる顔もないと。
友達にも会いたくないと、思ったそんな日だった。
そして大学から帰宅し、自宅の最寄り駅にあるお寿司屋さんに父に呼ばれて行った。
もちろんだが、散々怒られた。
あの時に言われた、傲りがあったという言葉は忘れない。でもそれは間違っていなかった。
全力を尽くしたかと言われたら、自信を持って尽くしたと言えなかった。結果を常に追求することを教えられてきた自分にとっては不合格はあまりにも情けない結果であった。
そしてその夜父からこんなメールが送られてきた。絶望の淵に立っていた自分にとってこのメールは救いであり、再起する糧となった。
『残念ではあったが、神様が違う道を選択しろって言ってんだぞ。良い機会じゃないか?国内も良いが海外も良いぞ。選択肢に入れて再検討してみな。せっかく英語が人より少しできが良いから、それを武器に変える為に時間を使う方が良いだろ?自分を見つめ直してみろ。人生はまだまだ分からんぞ。長い人生で一年や二年は愛嬌だ。こんな時に腐らず前向きにできればメンタルは鍛えられる。起業家はメンタル一番。強い意思を持って頑張りなさい。我が子だからできるはず。翼で羽ばたけ!名前負けはするなよ。』
自分の名前に負けるな、翼で羽ばたく。
両親から授かった大切な名前には両親の想いがあり、願いがある。だからこそ、名前に見合う人間になりたいと切に思った。
そしてすぐに自分の目で世界を見ることが世界で活躍するためのスタートだと思い、ニューヨークに行くことを決意した。
次回はニューヨークからの事を書きたい。
では。