不安定な日常
別れというのは辛いものだ。卒業して離ればなれになるのも辛いが、永遠の別れとなると人によっては立ち直れないほどの辛さだろう。
最近、知人の職場の方が亡くなったらしい。突然のことだったので驚いたという。数日前まで普段通り働いていたのに、いきなり訃報を知らされたらしい。詳しい経緯は分からないが、なんとも残念な話だ。
私は普段、死について考えることはない。たまにふと考えることはあっても、すぐに日々の生活に意識がいく。要するに、自分が死ぬなんて考えていない。それは何十年も先の話で、今日明日起きることではないと無意識に決めつけている。
しかし、よく考えるとそんな保証はどこにもない。今日生きているからといって、明日も生きている保証はどこにもないのだ。これは私たち生き物すべてに当てはまる。
もしかしたら明日出勤途中で事故に巻き込まれるかもしれないし、大地震で津波に飲み込まれるかもしれない。あるいは熱中症で死亡するかもしれない。人生は何が起きるか分からない。
頭では分かっていても、それを自分事としてとらえるのは難しい。どうせ起きないだろうと思っている。もちろん起きないほうがいいのだが、その保証はない。そういう意味で、日常生活は常に不安定だ。
代わり映えのしない日々
では、そんな不安定な日々を生きている我々の日常は充実しているか。いつ終わるか分からない人生を、いつ終わっても悔いのないように過ごしているか。私の想像だが、この質問にはっきり頷ける人は少ないのではないか。
1年後どころか明日生きている保証もないと頭では分かっていても、実際はそんなことはないと思っている。だから平日は楽しくもない仕事に追われ、休日は家でゴロゴロしながら次の出勤を想像して憂鬱になる。そんな代わり映えのない毎日を過ごして時間だけが過ぎていき、気づいたら何年も経っていた…という日々を生きてはいないか。
私自身、この問いに自信をもって否定できない。というより、まさに代わり映えのない日々を過ごしていた。
社会人になって特に実感したが、新しい環境や出会いは、自分から行動しないと何も起こらない。学生の頃は周囲が環境を用意してくれるので、ある程度受け身でも新しい環境や出会いが訪れる。授業以外にも部活やサークル活動、ゼミなどが用意されているので、自然と環境の変化を感じることができる。
一方で、社会人になると基本的に仕事以外では誰も環境を用意してくれない。その分自分がやりたいことができるが、学生の頃のように受け身でいると何も起こらない。会社は仕事をする場であり、その他の面倒を見てくれる場所ではないからだ。
それなのに何も行動を起こさないと、上で書いたように平日は仕事に追われ、休日は家でゴロゴロするだけの日々になってしまう。そしてふと、自分の人生には一体何の意味があるのか…などとマイナス思考に陥ってしまう。限りある人生をなんとなく過ごしてしまい、自己嫌悪に陥る。
結局、行動するしかない!
こうした状況から抜け出すにはどうしたらいいだろう。毎日を楽しく充実した日々にするにはどうすればいいのか。
答えはシンプルで、行動することだ。主体的に動いていくしかない。
今の人生を変えたいと思っているのなら、行動あるのみだ。たとえば恋人がほしいのなら、友人に紹介してもらうのもいい。あるいは街コンに参加したり、マッチングアプリに登録したりしてアタックすればいい。お金持ちになりたいなら、転職や副業、独立をして収入を上げたり、長期投資をしたりして増やせばいい。今の環境を丸ごと変えたいなら、引っ越しをしたり会社を辞めたりすればいい。
方法はなんでもいいので、とにかく行動することだ。
「いきなりそんなの無理」「極端すぎる」と思うかもしれないが、では上記で書いた例は極端すぎて本当に誰にもできないのか。そんなことはないはずだ。一筋縄ではいかないかもしれないが、実際に実行する人は確実に存在するし、成功している人も確実に存在する。できる人とできない人の差は、行動したか否か。たったそれだけのことだ。
行動すれば、確実に景色が変わる。良い景色だけでなく、嫌な景色も見える。壁にぶち当たって、辛い時もあるはずだ。恋人探しをすれば、会話がうまくできなかったり、突然音信不通になったりすることもある。ひどく落ち込んで自信をなくすだろうが、それを乗り越えた先にしか成功はない。副業や転職も同じだ。
行動すれば必ず壁にぶち当たるが、それを乗り越えた先に成功がある。そして壁を乗り越えようとする日々こそが、人生を充実させる最大の要素なのだ。
行動して結果を出さなければ無意味と思いがちだが、そんなことはない。結果よりも大事なのは、その過程だ。結果はあくまで結果であり、結果を出すため思考錯誤しながら過ごす日々こそが楽しく、尊いのだ。
結果を出そうと少しずつ前進しているとき、人は充実感を得ることができる。決して結果自体に充実感を感じるのではない。
人生は長いようであっという間だ。100年後には、現在地球に生きている約79億人は全員この世にいない。そう考えたら、もう少し周りの目を気にせず行動しようとならないだろうか。
自分の人生に責任を取ってくれるのは自分だけだ。家族も含め、他人は一切責任をとってくれない。充実した人生を送るために、思いきって行動しよう。確実に未来は変わるはずだ。私も含め、そう信じて少しずつ行動していきたい。