ブラブラ歩くには丁度良い気温の日曜日。
私は渋谷のオフィスから友人に会う為、六本木まで大凡5kmの距離を歩き始めた。
これが夢の第一歩だと思い、湧き上がるテンションを抑えきれないでいた。
約3ヶ月前の1月、私は高校の友人の誘いで、とある企業の子会社に転職をした。
IT関連の広告を扱う会社だった。
入社してから1ヶ月は、地獄のような日々だったと、今なら思う。
映像の企画を行なっていた私にとって、広告の営業という仕事は、あまりにも「感性」を必要としない仕事だったからだ。もしろ、感性など必要なく、そこにあるのは、ロジカルな考え方と売り上げという「数字」のみだった。
ただ、まだ立ち上がったばかりの会社だったお陰で、日々会社の成長と共に、自分の能力が上がって来ている実感があった。
自発的に行動する。
自責の念を持つ。
この2つの考え方は、30歳になって初めて手に入れる事が出来たと感じている。もちろん、遅過ぎるとは思うが。
それまでの私は、給料日、土曜日曜の休日、終業のベルを待つ、言うなれば只の生きる屍だった。
そんな男が、年下の社長、年下の上司、高校の同級生の下でがむしゃらに仕事をした3ヶ月間だった。
短い期間だが、人生観が変わったと言っても過言ではない3ヶ月でもあった。
これは何をやっても中途半端だが、少しだけ頑張る男が会社から自立する為に努力をする、そんな物語である。
私は渋谷のオフィスから友人に会う為、六本木まで大凡5kmの距離を歩き始めた。
これが夢の第一歩だと思い、湧き上がるテンションを抑えきれないでいた。
約3ヶ月前の1月、私は高校の友人の誘いで、とある企業の子会社に転職をした。
IT関連の広告を扱う会社だった。
入社してから1ヶ月は、地獄のような日々だったと、今なら思う。
映像の企画を行なっていた私にとって、広告の営業という仕事は、あまりにも「感性」を必要としない仕事だったからだ。もしろ、感性など必要なく、そこにあるのは、ロジカルな考え方と売り上げという「数字」のみだった。
ただ、まだ立ち上がったばかりの会社だったお陰で、日々会社の成長と共に、自分の能力が上がって来ている実感があった。
自発的に行動する。
自責の念を持つ。
この2つの考え方は、30歳になって初めて手に入れる事が出来たと感じている。もちろん、遅過ぎるとは思うが。
それまでの私は、給料日、土曜日曜の休日、終業のベルを待つ、言うなれば只の生きる屍だった。
そんな男が、年下の社長、年下の上司、高校の同級生の下でがむしゃらに仕事をした3ヶ月間だった。
短い期間だが、人生観が変わったと言っても過言ではない3ヶ月でもあった。
これは何をやっても中途半端だが、少しだけ頑張る男が会社から自立する為に努力をする、そんな物語である。