■岩下志麻
その日の早朝、岩下志麻は小津安二郎の夢をみた。夢の中で小津は「志麻ちゃん、やっと楽になったよ」とにこやかな表情で語った。1963年12月12日。小津は、60年の生涯に幕を下ろした。
岩下は2本の小津作品に出演した。最初は「秋日和」(60年)。事務員としてセリフも少ない役だった。
62年、21歳で「秋刀魚(さんま)の味」の主役?路子(みちこ)に抜擢(ばってき)された。娘の結婚がテーマという点は「晩春」(49年)と共通するが描かれる娘の姿は時代で違う。原節子が演じた娘紀子は父親にも敬語を使う。13年を隔て、岩下が演じた路子は、父に「ご飯ないわよ、電話かけてよこさないんだもん」と思ったことをぽんぽん話す。それでいて片思いの相手に告白できず、父の勧める縁談に従う一面も持つ。