明鏡塾21期の打ち上げでのこと。
治療家としての私の好奇心が、強く刺激される瞬間があった。
きっかけは、鍼灸師の伊勢澤さんが鞄から取り出した「あるモノ」だった。
長さ5センチほどの、銀色に光る細い円柱状の金属棒。先端は鋭く尖っている。聞けば「魚の脳をえぐる道具」らしい。
私はすかさずそれを手に取り、隣にいたAさんの首に当てて施術を始めた。
金属棒の先端から、相手の身体の奥深くへと潜り込んでいく。
すると、Aさんの身体の表情がみるみる変わっていった。
実は、この施術の肝は右手に持つ金属棒ではない。身体に添えている「左手」にある。
かつて仲間と研究していた治療法を思い出しながら、試してみたのだ。
ところが、昔とはまるで違う。
相手の身体を感じ取る感覚も、そこから生まれる変化も、以前とは別物だった。
自分の成長を実感し、思わず嬉しくなる。
その様子をじっと眺めていた日野先生が、ふと動いた。
「貸してみい」
先生は金属棒を手に取ると、私の右の手のひらにそっと当て、静かに施術を始めた。
その瞬間だった。
場の空気が一変した。
神聖な静けさが訪れた。
時間にして、わずか数秒。
しかし、その場の時空の密度が変わったように感じた。
私の身体はふっと和らぎ、余計な力が抜けていく。
「……すごいわ」
思わず、言葉が漏れた。
先ほどまで自分の成長を喜んでいたその余韻に浸る間もなく、さらに遥か上の世界を見せられてしまった。
魚の脳をえぐるための、ただの小さな金属棒。
それが日野先生の手にかかった瞬間、人の身体に働きかける特別な道具へと変貌した。
それを扱う人間の深さが、道具の意味を変えてしまうのだ。
まだまだ知らない世界がある。
治療家の冒険は、これからも続く。