高雄市を一望できる風光明媚な寿山の中腹に位置する忠烈祠。日本から友人や出張者が高雄に来ると、必ず案内する観光スポットのひとつだ。ここは、かつて高雄神社と呼ばれていた場所である。
1910年(明治43年)、寿山の麓に「打狗金刀比羅神社」として創建され、1920年(大正9年)に「高雄神社」と改名。さらに1928年(昭和3年)には現在の忠烈祠がある寿山の中腹への移転工事が始まり、翌1929年(昭和4年)に完成・遷座された。
民国の烈士を祀る忠烈祠
ちなみに、寿山という名前は、昭和天皇が皇太子として1923年(大正12年)に台湾を訪れた際、打狗山を訪れたことを記念して改称されたと伝えられている。
少々話が脱線するが、大正と中華民国の暦は同じで、今年(2026年)は民国115年、大正115年、そして昭和101年にあたるというのも面白い。
戦後、高雄神社は一部が改修され、民国の烈士を祀る忠烈祠となった。1972年の日台断交後、多くの日本統治時代の神社が取り壊されたが、高雄ではこの忠烈祠が再整備され、1978年に現在の建物が完成している。
現在の忠烈祠にも、高雄神社の痕跡ははっきりと残っている。寿山の麓から忠烈祠へと向かう道は、かつての参道であり、今でも大きな鳥居が形を変えながら残っている。鳥居は忠烈祠への改築時に中華風の意匠を加えられ、「山門」として再利用された。
中華風に改装された鳥居
さらに進むと、忠烈祠へ続く石段の手前には、大きな石灯籠の台座が残されている。灯籠の上部は、戦後に国民党政府によって、ややアンバランスな、党徽をあしらった置物に差し替えられているが、台座には今も「大東亜戦争完遂祈願」の文字が刻まれている。
抗日戦争の英雄たちも祀られる忠烈祠に、日本時代の神社の痕跡が共存しているという事実は、歴史の重なりの複雑さを感じさせる。
高雄神社時代の石灯籠の台座。その上には国民党のシンボルが。
「大東亜戦争完遂祈願」
寿山の中腹から美しい高雄の港と街並みを見渡しながら、かつてこの地に祀られていた高雄神社と、その時代の祈りに思いを馳せてみてはいかがだろうか。




