私は、内視鏡検査を受ける前、水を飲んだら背中が沁みるような痛いようなことが時々あったのは、食道がんによる影響だったのかもしれないと思い返していた。
2月13日、私は妻と緊張しながらS大病院消化器内科のT医師を訪れた。
そして、T医師はパンフレットを開いて、手術内容を説明した。
「沢藤さんは早期発見でステージ0ですので、内視鏡によるESDという方法で癌を除去します」
パソコンに映し出されたN医師の撮影した私の食道の写真を示し、この部分だと言った。
「入院は一カ月後になります」
「何日間になりますか」
私は、やっとのことで声を出した。
「六日間です」
「4月末に娘の結婚式があるのですが、出席できるでしょうか」
「問題ありません。お酒も飲んで大丈夫ですよ」
そうは言われても落ち込んでいた私は、妻と会話をすることもなく、家に帰った。
それから一週間の間、私は咳、そして、三十七度前後の微熱に悩まされた。
熱が下がらないため、入院二日前に病院に電話を入れた。
インフルエンザかコロナだった場合、入院患者に感染させたら大変だとの思いからだった。
私は、入院が遅くなることも若干期待していた。
電話に出た看護師から、病院に来たらまずは検査を受けるよう指示があった。。
当日3月4日、私は、妻とともに検査室を訪れた。
検査前、救急車のサイレンが聞こえた。
しばらくすると、心配そうな顔の女性が、扉前で落ち着きなく立った。
「身内の人間かもしれないな」
救急隊員の男性が部屋から出てきて、
「先生にお任せしました」とその女性に言って、立ち去った。
すぐに看護師が、扉を開けて出てきた。
「娘さんですか」
「はい」
「九十五歳のお父さんは、今誰とお暮しですか」
「一人暮らしです。時々私が見に行っています」
看護師は絶句した。
九十を超える妻の両親が、つい最近施設に入ったばかりだが、この女性の父親が一人暮らしをしていることに、私は驚いた。
妻の両親に施設に入ってもらったのは、家で火事を起こすことを心配したためだ。
「きっと、あの人たちには、特別な事情があるに違いない」と、私は同情した。