とびっきりタフな妄想-20110311205541.jpg



昨日の事、


地震が起きたときは電車の中だった 。

脱線するんじゃないかってくらい車体が大きく揺れて、その時点で死を覚悟した 。揺れが収まってからも前の人が過呼吸起こすし、周りの物々しい雰囲気に気が滅入りそうになった 。しばらく閉じこめられた後、ホームに差し掛かっていた1両目から降車することができたけれど携帯電話がまったく使えなくてとりあえず泣きそうになった 。自分がつくづく携帯世代であるということにさらに泣きそうになった 。やっとのことでmixiに繋げて渋谷にいる植村とコンタクトを取ることに成功 。自分は新宿にいたのでお互い中間付近である原宿を目指す 。途中コンビニに寄ったけれど食べ物類はすでに出払ってた、地震から1時間くらいしか経っていないのに 。しばらく歩いてやっと植村に会える、透かさず抱擁 。そこから今度はjっせんへと向かう 。jっせんに着くと部活動の生徒に顧問の先生、それにたふ、ゆっきー、ゆかちゃんがいた 。卒業してまさかこんな形で彼女らに会うと思わなかった 。もっと楽しいかんじで会いたかった 。しばらくするとささざきさん、まりちゃん、あさみずさんも避難してきて、先生から「おそらく今日は帰れないであろう」と言われる 。それから寝袋、乾パン、水が配給されてやっと事態の深刻さが理解った気がする 。兎に角夜が長くて怖かった 。朝目覚めたとき、あまりにも朝日が眩しくて一瞬地震のことを忘れた 。窓から見る景色はいつもと何も変わらなかったから 。しばしの時間個々に過ごしていると学校側からおにぎりが支給されることがわかる 。歓喜 。しかも数少ない女性教師たちが夜な夜な寝ずに400人分?握ってくれたと聞いて不覚にも感動してしまった 。味のない不格好なおにぎりだったけれどほんとに美味しかった 。8時頃、各交通機関もそれぞれ動き出してるとのことで一斉に皆学校を出る 。わたしはバスでおばさんと父上のいる白金高輪へ 。2人とも特になにもなかったようで安心 。しばらくおばさん家で休んで父上と自宅へ帰る 。帰るまでが長かったなあ 。


とりあえず昨日学校でいっしょにいた人たちには感謝 。すごく心強かった 。学校側にも感謝 。また母校を好きになれた 。





さて、これから 。どうなるのか 。





ツイッターに書かれているようだけれど、"蓮方が「200年に1度の地震に備える必要ない」として災害対策予備費が廃止されてガタガタになった東北地方の「史上最大規模の地震」から被災民を救うため、今、仙石が「暴力装置」と言った自衛隊が命がけで働いてます 。何が言いたいかって?ただ事実を書いたまでです。"わかるわかるよ君の気持ち(小池徹平調)


とりあえずわたしたちができることは根拠ない情報が飛び交いすぎているからみんなボイスとか控える 。確かな情報を流す分には大歓迎だけれどネットというメディアを使うからには慎重に 。





今日の夜とか怖いなあ 。


なんだかんだ一番怖いのは諸所の原発が爆発・倒壊してチェルノブイリのようになってしまうこと 。勘弁してほしい 。








長くなっちゃったけれど要は何が言いたいかって?



















みんな、生きてますか?


追伸
わたしの携帯古いせいか"レンホウ"のホウの字が出ない 。そろそろiPhoneにしたいっ