私と3おばちゃんが来て、明らかに母はキョドっていました。母の言い分は「Mくんは事情があって、アパートを追い出されてしまったから、可哀想だからしばらくの間置いてあげてる」とのことでした。いつもカラオケ屋だと私を可愛がってくれていたMくんは、私とおばちゃんを見ると部屋に入っていき、それきり出てきませんでした。
私は胸がざわざわ気持ち悪くなったけど、それを無理矢理信じようとしました。
3おばちゃんは、信じていないみたいでした。おばあちゃんの家に帰ると、3おばちゃんはおばあちゃんとしばらく別室で話していました。
母はその日から、私の機嫌を伺いまくり、とりまくりでした。
私は機嫌をとられても、全く嬉しくありませんでした。私はますます内省的になり、たまに友達と遊ぶ以外は、ずっと家で本を読んだり、絵を描いたり、お人気で一人遊びをして、自分の世界に入り込んでいました。
結局しばらくして、Mくんとは別れた様子でしたが、今思うと、母が家賃という大きな出費を、男と住む為に出したのかと思うとガッカリです。母が昼間に喫茶店で働いているだけの収入と、母子手当だけでは相当生活は苦しかったと思います。それをわかっていた私は、月に母から菓子などを買う為にもらっていた小遣いを、減らしていいよ、と母に言って減らしてもらい、学校で必要な買わなくてはならないもの以外は、ねだることはけしてしませんでした。母が朝、夜と妹の病院に行っていても、さみしいと言ったこともありません。
子供は親が思っているよりずっとずっと、親のことを見て、思っているものなのです。

そして、この頃はまだ平和でした。私の人生はこの先、もっともっと大変になっていきます。
父と母が離婚して、私は母方のおばあちゃんの家に預けられました。
おばあちゃんの家には、おばあちゃんと、母の妹、つまり私の叔母(母は5人姉妹の長女。面倒いので産まれた順からとって3おばちゃんと呼ぶ)とその夫、そして更に下のまだ結婚してない5おばちゃんが住んでいました(ちなみに2おばちゃんと4おばちゃんは結婚して別のとこに住んでいる)みんな優しく、おばあちゃんの家には私の大好きな本が沢山あったので、私は喜び、楽しく暮らし始めました。
母は何故かおばあちゃんの家には住まず(おばあちゃんが部屋を用意してくれたのに)おばあちゃんの家の近くに借家を借りました。朝、夜は妹の病院に、昼は喫茶店で働くので、私の面倒は見れないからおばあちゃんに見てもらうけど、おばあちゃんの家に母まで世話になったら申し訳ない、みたいなよくわからない理由でした。
しばらくして、3おばちゃんが、お母さんの家に行ってみようか、と言って私を連れて母のに行くことになりました。今から思うと、3おばちゃんは母が一緒に住まないのを不審がっていたのかもしれません。
そして、母の家に行くと…(31歳になった今では…ですが)案の定、母と男が一緒に住んでいました。その男は私も知っている、母がよく行っていたカラオケ屋の常連でした。

…また続きます。
この理由は、かなり長くなってしまうのですが…。
まず私の実父は、もう亡くなっています。私が7歳くらいの時に母と父が離婚し、私は母に引き取られました。父は典型的なアル中、モラハラ、DV男だったので、離婚したあとには会っていません。亡くなったのを知ったのも、父の生命保険の受取人が私だったので、保険屋さんが私を必死に探してくれて知りました※父は死ぬ寸前まで酒代で保険から貸付していたらしく、わずかな額でした。そのお金は引っ越し代で消えました。
子供の頃は、父が怖くて仕方ありませんでした。母は優しくていつも正しいと思っていました。母だけが子供の私にとって頼りでした。
しかし、それが少しずつ裏切られていくのです。
うっすらとしか覚えていない、父と母と住んでいたころの思い出で、はっきりと覚えているのは、ある日、父が私を近所のご飯屋さんに連れて行ってくれた時、父は近所の人達と談笑し、飲み、私は横に座っていました。大人しかいない空間に退屈になった私は、父に外に行っていい?と聞くと、父はいいよ、と言いました。私は友達の家に行ったのですが、父はご飯屋の近くで遊んでいると思っていたようです。数時間後…大騒ぎになりました。ご飯屋にいた人総出で私を探したようです。私はしばらくして見つかりましたが、父は家で怒り狂い、私を叩き、追いかけました。私は泣きながら逃げ、母を探しました。母はどこにもおらず、探しているとトイレの鍵がかかっているのを見つけました。私は「お母さん!助けて!」と叫ぶと、母は「知らないよ!しゅがーが悪いんだよ!」と言ってドアを開けてくれませんでした。
結局私は捕まり、掃除機で殴られました。
そのあと、母は妹の入院している病院に出かけていきました※妹は私の一つ違いで、生まれつき心臓が悪く、子供の時はずっと入院していました。
母が出かけると、父はノコギリを取り出し、「勝手に遠くに行く悪い足を切ってやる」といい、またもや私を追いかけ回しました。それから先は覚えていませんが、今現在の私に足がちゃんとついているところを見ると、脅されただけだったようです。
私は、父に殴られたことや追いかけられたこともショックでしたが、母がトイレのドアを開けてくれなかったことにも悲しみを覚えました。
そのしばらく後、父と母は離婚しました。