Sさんは印刷会社に勤務していたという。
早期退職か自主退職か詳しい事はわからないが、その後T同様に入社した人だった。
その年齢のふさわしく落ち着いていて、自分から無駄口をたたくようなタイプではなく、法学部卒が関係あるかは
無いかわからないが少し頑固なところがあった。
つまりいたって普通ということか。
可愛そうにTと時間をともにすることが多くなるにつれ、嫌でも自分の事を語らばければならなくなったのか、
趣味で小説を書いている事がわかった。
そしてたまに出版社の企画する小説応募に投稿したりしてたらしい。
この話は結局ずいぶん後になって分かったのだけど・・・
Tが仕事の合間になにやら一生懸命ブツブツといいながら書きものをし始めた。
まるで「何してんですか」とたずねて欲しそうに。
もちろん私は話書ける事はなかった。
人間の心理関係の当たり前の結果だが、こちらが無視しつづけたのでTはある日私にこういった。
「お願いがあるんですけど、ぼくの原稿パソコンでうってくれませんか」
直接話かけられれば大人として無視できない。
「仕事以外は忙しくて時間がありません」と答えた。
何の原稿でなぜあんたがそんな事してるんですか、というような後の会話に繋がる事は言わずにおいた。
「バイトとして個人的におねがいします。急ぐ必要はありませんから」
5万払うといった。
仕方がない。聞くとするか。
「どんなものですか」
僕の小説が出版されるんです。
ピアノ講師に小説家である。この後にも続いていく肩書きの2番目の登場だった。