離婚に限らず、手段と目的を取り違えやすい。


離婚は、もちろん、あくまでも手段である。

今よりよくなるための。


俺の場合、家計を立て直すことが第一の目的。


離婚するのに家計とはおかしな言い方だが、

他に言葉を知らない。

つまり、離婚しても、奥さんが再婚しない限り、

子供や奥さんの生活は、少なくとも経済面では

俺が保障しなくてはいけないと思っている。


より安定した収支を実現するための施策に

カミさんが同意せず、よい案を出さないのであれば、

離婚して、無理やりにでもあるべき姿に正すのが

最善の策である。


次に、よりよい人間関係。

お互いに距離を置いたほうがよくなる人間関係というのがある。

うちのカミさんとは、近づくほどに険悪になる相性のようだ。


堕胎のところでも述べたが、カミさんの考えていることが

俺には全く理解できない。

たぶん、カミさんから見てもそうなのだろう。

「何でピアノを続ける私を理解してくれないの?」

「私は、何十年もピアノを続けてきたのよ。」

と思っているのかもしれない。


お互い、距離を置けばこそ割り切れるところも出てくるのではないか。


さらに、人生観の違い。

カミさんはうちの親の面倒を見るなんてとんでもないと思っている。

面倒を見るとは、別に身体が動かなくなってからの話ではない。

歳をとって、弱気になった親に対して優しくする事も含まれる。


俺とカミさんはこれらに違いが、あまりにも激しすぎる。


これらの違いを認めつつも、お互いが幸せになるためには、

夫婦という関係ではなく、「協力者」という関係にならないと駄目。

お互いを支えることができないから。


ちょっと論理の飛躍があるかな?

この辺は、そのうちにもう少し深く考えます。