お仕事、学校行かれてる皆さんお疲れ様です。


毎日、会社での、学校での、はたまた家の中での空気を敏感に嗅ぎ取って、気を張って、お体はもといちゃんと

眠れてるでしょうか?


周囲から自分はどう思われてるのか、心無い人達からの残酷な一言に反応して、疲れていませんか?

大変、気持ちはわかります。私だっていつもそんな日常に身をおいて、よく取り越し苦労したりして、よくもまあ、29年間も生きて来れたと思ってます。


周囲の人間と上手くいかないのはどうしてなのか?そんな終わりない問いかけに辟易してしまうのは、あまりにも

もったいないです。

私もそう、いつもこんな事で悩むんだけどね。今日もバイト先の女の子同士の関係で悶々としてます。


たくさんの人間関係の軋轢は、どこに油を差せばいいのかわからないほど、錆びついてて、複雑。

その手の自己啓発本には、ありきたりな事ばかりで、これまた、ありきたりな回答ばっかり。

毎日、毎日、たくさんの人や、周りからの追い越され、見捨てられ不安で、こんな状況では本来の目的なんか見出せるわけもなく、ただただ眠り、体力を回復させるだけの日常になってしまう。


特に言葉は本当に残酷ですね。


でも、大丈夫だと信じよう。そんな傷跡も塞がれば、よりしなやかに伸びる強さに変わると。

大丈夫だって信じよう。明日起きて、気分が乗らなければ休んじゃえばいい。

自分を捨てるくらいなら、学校を、会社を、人間関係を捨てればいい。



愛を乞う事は恥ずかしい事ではないです。本当に自分自身の危機を感じたら、どんな状態であっても必ず声を出して欲しい。





自己完結はあまりにも狭量な選択権の結末に過ぎず、これもまた勿体ない。


愛し、愛されてる実感はとても大事な事だ。たとえそれが恋人や家族ではなくとも。


もしも、疲れてしまったのなら、大声で泣けばいいし、元気が出てきたら怒ればいい。

その後で、全てが感謝に変わるのならば、現状の悩みに向き合うのも、また乙なもの。



不器用でお酒にしか逃げ込めなかった父に、母と言う役割が重すぎた母に、私を見下し嘲笑したクラスメイトに、

泣けないほど凍りつく夜に、ネットの向こう側で膝を抱える貴女に、

そして漠然とした不安と言う社会の病理に戦ってる人、

全てに心から、愛を込めてキスを捧げます。



私自身も含め、全ての人々が世界を再構築してく日を待ち望みます。

  


                                                 タマラ。