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今日は、最近女としてどうか?といいう疑問を再三突き出されたため、雑誌購入。
下の箱はヴァセリンから石鹸が出たというので試し購入です。
乾燥肌なんでww

吉川ひなのは本当に可愛いですな。私が初めて写真集なるものを購入したのもひなのの写真集でした。
リアルドール!!


さて、世の中の女子のヒエラルキーのトップに立つリア充達はやはり、芸能人やモデルでしょう。
しかし、一般の女子スイーツ達も私からしたら天高く歌う雲雀のように軽やかに、優雅に見えます。
同じ生き物には思えませんよ。
何故なのか?

今日は暇なのでそこら辺を考察していきたいと思います。
別に、仕事上の上役の差別に腹が立っているからとかではありません。ええ、決して。

私はこの雑誌スイートを過去3回購入しておりますが、この雑誌はいわゆる読者ページと言うのがない。
あっても巻頭よりにコスメのレビューが1ページあるだけ。
後は、トレンドセッターなる人たちのコーディネート術があるだけで、
この雑誌は比較的喪女に優しい構成になっております。
しかし、これがJJとCANCANになると事情は違ってくるのであしからず。うっかり喪が買うと二ラニラしますよw

あぁ、話が逸れた。で、今回私が考えたのは一般スイーツと喪女の違いは一体何か?
と言うことです。

そんなん言われんでも明らかに世間から区別されてるだろぉがYO!
と思ったら、落ち着いていただきたい。一体何を基準に喪なのかスイーツなのか?
単純に趣味嗜好の話で済ますには腑に落ちない点もいくつかあると思います。
少し、主観を離れて、客観的に見て考察をしていきたいと思います。


容姿で区別される。(差別)

喪女は得てして、自分の容姿に関しては自己評価が相当に低い。もちろん私もだ。
その結果、洋服なんか買いにも行けず引きこもりがちになる事だってあるだろう。
でもこの容姿の問題、過去記事で書いたのだが、喪女がスイーツになるには意外にも簡単と言うこと。
ま、これは服装のみの点ですが(笑)
雑誌と言うのは言わば、世間からの女の子とはこういうもんだ。という啓蒙活動も少しは入ってると思います。
それが世間のマス枠に入ってメディアを通せば誰しもが刷り込み作業をするはず。
そして、いつの間にか。あ、ムートンブーツ履いてる。→この子はオサレに興味がある。
よって、
きっとこの子はスイーツに違いない。という思考パターンが世間では出来上がってるからだ。
ちなみにこの思考パターンで区分するのなら顔の造作はあんまり関係ない。

じゃあ喪女じゃなくなるのは意外と簡単?でも何でこんなに違和感を感じるのか…。

そりゃ、そうだ。だって私たちは個人だからだ。ただ単純にマスコミがはやし立てたファッションに感化しない人だって当然いるわけで。世の中の女性全員がピンクを好きでないように、世の中の女性全部が刊行されてる雑誌やマスメディア枠の女性像に当てはまるわけなんかないのだ。
では、何故喪女やスイーツが区別されるのか?

それは月並みだが男性主権の歴史のためだ。
そもそもが、スイーツの発想が男性主観であると考えてしまう。
その根幹には女同士の熾烈な嫉妬があったとしても。

誰が悪い、悪くないの話ではないが、やはり女性と言うステレオタイプが狭すぎて、それに少しでも漏れてしまう
女性はどの位置に属する事も出来ずに喪になってしまう。大げさに言えば、だが。
これがラベリング論になるのかはわかんないけど。
自分の主体性とは別に、人からどう見られたいかで趣味嗜好を、見られたい自分になる為の記号として捉えてる
女性が多い気がする。

それは勿論男女双方その方が楽ちんだからだろうけど。

だからと言って、女そのものを捨ててしまっては意味がないのだけど。(笑)
自分でこれが好き、と言える喪女達はとても素敵な女性であるとも思うんだけど。

一番怖い事実は自分でもそれを無自覚に認識して行動してるのが怖い。
スイーツを目の前にして卑屈になる事はないのに、違う存在だと感じてしまうし、視線が俯く。
マスコミや男のせいだとは言えないけれど、少しの余波はあるに違いないと思う。

女性にとっては男性は、男性にとって女性は純然たる性のジャッジメントなのだから、その異性に否定されては
ぐうの音も出なくなる。


同じ性別ならば同じ土俵で対決できるものの、異性からの視点は性差の一点においてだからだろう。
喪女か、スイーツか、分岐点は世論の男性視点によるのだ…。