雨の週末、

朝から娘を保育園へ送り届けて

家に戻り、

ふと本棚の整理をはじめた。

 

残そうか

もう一度読もうか

いやいっそのこと

全て手放してしまおうか

と一冊ずつ手にとっては

その価値を品定めするように

でもあまり時間もかけていられないので

手に乗せた瞬間うかびあがる感覚をたよりに

紙袋へと選別していく。

 

ふと目に留まったのは和紙に包まれた古い本、

「長流以降」井口洋平遺句集

とある。

井口洋平とは、わたしが中学生の時に他界した

母方の祖父の名前である。

 

彼は医師だった。

しかし、病院を嫌い、戦地も嫌っていた。

医師だったおかげで戦地へ行かずに済んで

万々歳だったと笑っていたという話を

母から聞かされたことがある。

 

阪急高槻駅のすぐ傍で

内科を開業していたが

自身の仕事もそれほど好んでいたようには思えない。

患者さんがみえても

庭で椿を愛でながら

気のない返事だけよこして

なかなか姿をみせない、

なんてこともしょっちゅうだったようだ。

(なんてやつだ!)

 

そんな祖父だが

トイレへ立つ時に胸に手をやるしぐさがあった。

 

狭心症発作予防のテープ剤が

めくれかかっていたり

労作によって引き起こされる狭心痛に

悩まされていたことを

あとから知った。

 

病院のベッドには一度もお世話にならず

ある日の朝、いつもの朝風呂で

あっというまに逝ってしまった。

急性心筋梗塞だった。

 

祖父の記憶をたどると

数は乏しいが

鮮明に蘇るものがある。

 

いつもテレビをつけっぱなしにした

居間のテーブルに腰を掛けて

仏頂面で座ったまま

久々に来た孫にもほとんど話しかけず

テレビの画面から目を離さない祖父を

近寄りがたく少し怖いと感じていた。

 

ある年の夏休みだったか

お中元で届いた立派な桃を

「これうまいで」と渡された。

祖父の食べ方を真似して

ひとくち、そっとかぶりつくと

経験したことのない味に

脳天をつかれた。

瑞々しく、あまくて、

わたしが知る桃とは別物だった。

あまりに美味しいので

あっというまに平らげて

もう一つください、とわたしが言うと

わずかに眉間に皺をよせ

返事をしてもらえなかった。

 

こういうときは

欲をいったん脇へ置いて

遠慮するものなんだ。

この時小学生だった私は

恥という感情を交えて学んだのだが

どうしても美味しいものは

もっと、もっと、となってしまうのは

大人になった今もなおらない。

 

桃が薫るこの季節に

祖父の気配が手元に舞い戻ってきたことで

こみ上げるものを出す場として

ブログをつかわせてもらった。

 

(一部抜粋 祖父の日記より)

普遍性の問題、よく考えたことなし、

迎合ではない、他人に分かるか、分からないかではない、

自分自身にわかるかわからないか、それも確かにだ、

しっかりつかまえたかどうかだ、しっかり掴まえたときは物は

生生と言葉を発するだろう。

それで本当の普遍性を獲得することになるだろう。

一句を再読拝見して、こちらの心が強い共鳴を発するかどうか、

突き刺すばかり、目を瞬くばかり、その刺激が

腹の底へ両足をふまえるかどうか、

それがどんなにむつかしいことか

 

2020.7.25 devon