「大事なのは“私達はそもそも最初っから繋がっていたんだ”と初期値を理解するってだけ」と、 | 「向こうの景色を見に行こう」

「向こうの景色を見に行こう」

“ツインレイ”は自分を信じて進みましょう。あなたにはもう、他者の答えは不要なはずです。
「自分を生きる方が面白い」

それは未知です。 誰も知りません。 あなただけが知っている。

あなたの人生を語り合う相手が、あなたにはもういるはずです。

私の7人目のツインフレームの彼女が占星術に関係してツインレイを説明していたのが面白かったので引用します。

あ、彼女の渾身のなっがい文章をざっくりとはしょってまとめだけ持ってきました。
話としては、アセンダント(ASC)とディセンダント(DC)をツインレイに投影して考えてみた。と言うお話です。
 

~中略~

ツインレイとステージの形成とアセンダント・ディセンダント

多くの人が勘違いしているところが『ツインレイの相手は分離している存在で出会っている』という大前提にある。

そもそも私たちは分離しているのではなく、統合した存在で出会っている。だけど、相手を『他者』だと認識できないことに問題がある。他者だと思わない、理解できないからモメるわけだ。

自分と同じではないことに腹が立ち、自分と同じだからこそ自分勝手にやって相手に嫌な気分にさせる。そんなことを繰り返している状態が続くと、そりゃサイレント期間とも呼ばれる時期にも突入したくもなる。だって嫌な気分にしかならないから。

この嫌な気分をまずは自覚する必要性があるのだと考えられる。次に他者であること、自分とは別の存在である事実を受け入れるとき、私たちはMCという分離を受け入れることになる。

ここでようやく私たちは『自分』と『ツインレイの相手』という概念になる。それは相手を尊重することができるということでもある。

次に、再び統合という段階へ差し掛かる。

そもそも分離している感覚が無ければ統合することも出来ないよってことでもある。つまり「ツインレイの相手は他人だった件について」がなければ、統合ができないんだ。分離している自覚もないのに、なんで統合できるのか? ってことでもある。

このときの私たちは、ツインレイの相手を身近に感じることもないし、ツインレイの相手は『わからない存在』にもなる。わからないからこそ、私たちは他者を認識することになる。

最終的には『精神領域で統合する』ことにもなるんだが、この精神領域で統合すると言うのも少々おかしな話でもあり、そもそも私たちは統合された精神を持っている存在たちである。みな、繋がっているわけだ。繋がっているのに、そもそも統合をするというのもおかしい。

大事なのは『私たちはそもそも最初っから繋がっていたんだ』と初期値を理解するってだけ。この理解が出来ていないおばかちんの魂が私たちでもある。だから「安心してもいいんだよ、相手はちゃんとわかってる」ってことを信じられない。

 

 

だ、そうです。
 
 
まぁ、私が言うより優しんじゃないでしょうか?

 

 

***

 

こっちはココナラのブログで絡めているので、ここだけ読んでも意味わからないかもしれません。

でも、引用だけしておきます。

 

大丈夫、心配しないで。
貴方のツインレイの相手は、そんな貴女を愛してくれる相手のはずです。
だから貴女が気がつくまでなんどでも、
なんどでも、
なんどでも、
なんどでも、
なんどでも、
なんどでも、
なんどでも、
なんどでも、
なんどでも、
なんどでも、
なんどでも、
伝えてくれますよ。

私が呪いのようだと、時々感じるほどです。