…と、教えてもらった話。
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私が7人目のツインフレームの彼女と知り合った時、彼女がとある女性を紹介してくれました。
私たちは3人でグループ通話で会話をしました。
当時、私は怖かったのです。
「怖いのだ」と言いました。
その女性は言いました。
「“怖いものは怖い”感情に蓋をしなくていい。否定しなくていい。認めてあげるといずれ落ち着く」
今、その女性がどうしているかわかりません。
もう、連絡はとっていないからです。
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当時私は、貴方の愛を受け取ったら、何かを失うのか。と思っていました。
それを受け取るには、お金を払って手に入れるような、何かと引き換えるような必要があると思っていたのです。
まぁ、ツインレイ女性には崩壊が訪れる。とか、危機がある。とか目にしていた訳です。
だから、それまでを捨てて別の自分になる必要があるのか。とも思っていました。
また、それを受け取ったら、今度「それが失われてしまうかもしれない」と、心配をします。
いつか、誰かにその座を奪われるのか。
私より相応しい女が現れたら、私は捨てられてしまうのか。
受け取ったそれが失われるのであれば――最初から、受け取らない。と、そんな選択を考えていました。
それでずっと、ぐるぐると、同じところを回っているような気持ちでした。
誰かを頼ってもいいのだろう。
そんな気持ちもありましたが……。
何かの不安を煽って、私が寄り添います! とか、手伝います! とか、私を頼りましょう! みたいなものは嫌いでした。
私はツインレイを追いかけると決めたその時、とある電話セッションを受けたのです。
そこで答えを教えてもらえるのかと思ったのです。
でも、違いました。
貴方の個人情報がわからないので、それ以上は難しい。と言うところでもありました。
私のツインレイの相手は、誰なのか。貴方でいいのか。は、まだわからないままです。
私は、ちょっと肩透かしを食らって。なんだか、人を頼るものでもないな。と思いました。
それで、ネットの情報を調べながら、この人は気になるな。と言う発信を読みました。
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あなたの魂のみが答えを知っています
答えはいつもあなた中にあります
答えはいつもあなたの中にしかありません
と言う話を見つけた時。
何を言っているのか? それがわからないのだ。と、正直思いました。
数式のように、世の中のすべての答えは、この世に存在するじゃないか。と。
これまでの日常で言えば、私の中で答えはすでに、どこかにある。と言うのが常識だったのです。
でも、今ならわかります。
「答えはあなたの中にあります」
それを信じましょう。と。
そんなこと言われてもじゃぁどうしたらいいのか。
この苦しみは消えない、なんにもならない。と、当時の私はそうも思っていました。
「どうしたらいいか」ですら、誰かが教えてくれると思っていました。
だって、ツインレイの7つのステージとかある訳ですからね。←
同じところをぐるぐる回っているような気分でもありました。
とても幸せなのに、一方でその幸せを台無しにするようなことを考えてしまうのです。
そんなこと考えたくないのに。
とても幸せなのに、次の瞬間死神がやってきて断罪されるのか。と、私はそんな気分なのです。
どうにも同じところから抜け出せない。
だけどそんな時「自分を愛するとは……自分に成長のチャンスを与えたか」とそんな一文も目にしました。
それを辿って行って、これならいいかもしれないと言う対面セッションを見つけました。
そして「私は先に進みたいんだ」と、決心した次の日に見つけたのは、私の7人目のツインフレームの彼女のHPでした。
その当時のHPは彼女が消しています。新しいHPはあります。
私は、自分が「ツインレイ」である。とは、最初の電話セッション以降誰にも言っていません。
でも、「自分を愛するとは……自分に成長のチャンスを与えたか」なのです。
私は私の7人目のツインフレームの彼女に連絡を入れました。
それからの話はココナラのブログでこれでもかと綴っています。
まぁ、こっちにも必要分は持ってきてあります。
また、対面セッションの予約も入れました。
対面セッションは1回でいいかな。と言う内容だったのでそれきりです。
鑑定を受けたのはもう少しあとです。
まぁ、貴方の個人情報がわからないので。
この人はそうなんですか? とは頼めません。
「私にはツインレイの相手はいる」と言う結果でした。
個人情報のいらない鑑定もあると最近になって知りましたが、もう、それはいいのです。
そして、そこで私は自分が「ツインレイ」であると、誰かに言いました。
もう、相手は貴方なのだろう。とは思っています。
まぁ、ちょっと疑いながらも。
でも、言いたくなかったのです。
だけど私はツインレイなのです。
私は現実ではじめて、それを、受け入れた気分でした。
それまでは、まだ。
どこかで夢の物語のように済ませてもいたのです。
まだ引き返せると、どこかで。
だけど私は、
「私たちはツインレイです」と情報を発信している人が、ずっと、羨ましかったのです。
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その当時はブログはこのアメブロだけでした。
思うままに綴りました。
・私は私がいいと思える見せたいところだけ、人に見てもらいたかったです。
失敗したり、気にいらない部分は隠しておきたかったのです。
でも、それは都合のいいところだけしか開示しないと言うことです。
そんなの悪魔と一緒です。
自分でコントロールした見せたい部分だけ都合よく見せたいと言う思いは、「悪」に繋がるのです。
それは駄目です。
・それが相手の道であると羨ましがるより、「これが私の道であったのだ」と、考えられるとうれしい。
すべては私の道である。
「受け取って下さい」がいいです。
何をと言われるとちょっと困りますね。
可能性、
新しい物、
大事にしまっていたもの、
忘れていたこと、
知らない自分。
素晴らしい物かどうかは、自分しだいです。
でも、認めてあげたら、なんだか心が軽くなるのです。
私は自分を認めてあげたかったです。
自分を信じている自分を。
目の前に優しい世界はありました。
私の受け取る準備がなかっただけです。
私にはそんなもの来ないと思っていました。
本当は誰より先に受け取りたいと思うほど貪欲で傲慢な自分もいます。
誰かの幸せをねたみながら、そんなもの来るはずないと、いい訳を考えて。
目の前に来てもそうではないと駄々をこねました。
私が一番、そんなことしたくないと思いながら。
なんだか醜いのです。
見たくないほどに。
綺麗な自分でいたいのです。
だけどもがくほどに自分です。
どうかしたら全部バレていて、周りはみんな滑稽な私を笑っているのかと思うほどです。
どうにもなりません。
どうにかしたいとも思います。
だけど今のままでもいいと、幸せを受け入れたらいけないような気分です。
もしそれが失われたら生きていけません。
受け取らないほうがいいと、一番受け取りたいものを願います。
なんだか怖いんです。
怖いと思うことが怖いんです。
それはずっと消えません。
怖いままではいけないのだと、どうにかしたいともがきました。
そんなことを考えてはいけないのだと思って。
だけどいつも振り出しです。
私は先に進みたいのです。
もがいた先で見つけたのは、「自分に成長のチャンスを与えられたか」と言う言葉でした。
自分を愛しなさいと言われてもどうしていいかわかりません。でも私は進んできました。何度も振り出しに帰るほどに。
それは自分を愛することに繋がっているのだと。
だから次に見つけた新しいものを、行くしかないとチャレンジしました。
本当に怖かったです。
でも受け入れて下さいました。
そこで言われました。
「怖いものは怖い。それでいい」と。
「自分から出てくる感情は、否定しなくていい」と。
私は一歩、進んでこられたでしょうか?
でもなんだか少しだけ、新しい気分です。
***
私は「貴方」を、好きでいていいんだと。
「あなたが好き」だと言う気持ちがあっていいのだと。
そこには上下の区別も善悪もないのだと。
神でさえも入り込めない。
世間の承認もいらない。
私があなたを思う気持ちは、私がどこでどんな姿でどんな物を持っていてどんな過去があってどんな風に生きているなんて、関係ない。
貴方がどこにいてどんな姿でどんなモノに囲まれているかも関係ない。
私が好きになったのは「貴方」
「思い」だけでいい。
「あなたが好き」
・私は私
・貴方は貴方
・私は貴方
・貴方は私
私は忘れてしまった自分(心)を、見つけられたでしょうか?