茂木健一郎/脳と占い――科学と迷信のあいだ
ぼくは10月20日生まれの「てんびん座」である。学生の時、雑誌『ぴあ』の星占いのコーナーを毎号見ていた。別に何の考えもなく、毎回、「おっ、当たっているじゃないか」などと思っていた。
ある時、ふと気付いて、他の星座の項も読んでみた。おとめ座を見ると、やっぱり当たっている。ふたご座も自分に当てはまる。おひつじ座もどんぴしゃりである。それで、やっと、ははあ、そういうことかと気付いた。
占いは、1つの芸術である。「あなたは酸素を呼吸しています」などという、明らかに誰にでもあてはまることを書けば、そんなことは当たり前だとバカにされる。一見、自分宛てに書かれたように見えて、実は誰にでもあてはまる文章を書くという絶妙なバランス。そこに「占い」の領域がある。
『ぴあ』の占いのコーナーを喜んで読んでいた頃、ぼくはもちろん因果性を理解していたし、経験科学の原理もわかっていた。それでも「占い」を読んで喜んでいるぼくがいたということは、人間が、いかに自分の中の整合性にこだわらない、いい加減な存在であるかを示している。
同時に、経験からして、「占い」は、それがあるメカニズムに基づいているかどうか、「当たる」か「当たらない」かということが本質ではないのだと思う。それは、いわば、脳の認識の回路に働きかける、「プラシーボ」のようなものなのだろう。
これは薬だと言って、砂糖のかたまりをあげると効く。この「プラシーボ効果」は、脳活動計測によって、脳の自己治癒能力が引き出されるものとわかっている。むろん、限界もある。しかし、限界の範囲内では効くのだ。占いの効用も、つまりはそのようなものだろう。
プラシーボ効果において、重要なのは文脈である。星座占いは、実はどの星座を読んでも同程度に「当たる」。しかし、自分の星座の項目が、まさに自分宛てに書かれたものであると信じることによって、何らかの作用が生の現場にもたらされるのだ。
たとえば、「今週は素敵な出会いがあります」と言われて、その気になれば、仕事や遊びで会う人、街で通りすがりの人に対する心の開かれ方が変わってくるかもしれない。もともと何の根拠もないものを、信じることで効果が生まれる。つまり占いは、「鰯の頭も信心から」である。
ぼくは、未来をぴたりと当てる霊能力者がいるとは思わない。しかし、信じている人の方が、「占い」のプラシーボ効果が高いかもしれない。ぼく自身は「占い」を積極的にやろうとは思わないが、「占い」好きな人が、そのことによって生きる上で損をすると断定するつもりもない。
もっとも、プラシーボ効果には副作用もある。たとえば、ビタミンを摂取すれば簡単に問題が解決するのに、それを拒否するような場合。占いも、参考程度にするならよいが、その言葉を墨守するようだと生のフレキシブルな力学を大いに阻害するだろう。
現代社会を生きる上で、1つの「世界知」として、「占い」には根拠がないことを理解するのは有益だと思う。一方で、「占い」が根強く人気を保っているのは、進化論的にそれを信じる人に一定の利益がもたらされてきたからだと考えられる。あくまでもバランスの範囲において。
(この記事は経済総合(PHP Biz Online 衆知)から引用させて頂きました)
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