「印刷」関係者の失踪… 北朝鮮の偽札製造に利用された?
【再び、拉致を追う】不可解な失踪者たち
他人のそら似というのはある。だが、身体的特徴や何げないしぐさ、癖までそっくりだった。その失踪者の家族は証言内容を聞き、言葉を失った。
東京都新宿区の印刷会社勤務、日高信夫さん=失踪当時(22)=は昭和42年9月、「大阪で新しい仕事が決まった」との言葉を残して消息を絶った。友人が国鉄(当時)上野駅で見送ったのが最後だった。
39年後、家族は思わぬ所から、衝撃的な話を聞いた。
2003(平成15)年に脱北した自称・元朝鮮労働党の軍事教官が、拉致被害者を調べている「特定失踪者問題調査会」が公開している日高さんの写真を見て、「平壌の病院で見た男性と似ている」と証言した。調査会は詳細を聞くため、06年になって、この脱北者と韓国で面会した。
脱北者はその病院に入院した際、日高さんとよく似た男性と何回か会話を交わしたという。北朝鮮市民が話す朝鮮語とは違う印象を持ったとしていた。
男性は「平壌の印刷工場で働いている」と説明したという。「印刷」というキーワードが日高さんと重なるが、当時、調査会の公開資料にも「印刷会社で勤務」と書かれており、ここまでは話を合わせることもできなくはない。しかし、脱北者が語った男性の特徴はかなり詳細だった。
■かなり精密な証言
「歯と歯の間に隙間があった」「出っ歯だった」「まつ毛が濃い」「髪の毛が多い」「体毛は薄い」「褐色の肌、色黒」。全て日高さんと合致していた。
「酒を飲む」「たばこを吸う」といった習慣以外にも脱北者は「男性は胃が悪くて入院していた」と証言。日高さんの家族や同僚も「胃は悪かった」と話した。
脱北者は「(男性が)占いの話をしていた」とし、家族らは「占いが好きだった」と思いだした。「幽霊の話をしていた。雪女のような話」との脱北者の言葉に、家族らは「幽霊の話をしていた。四谷怪談を話すのがうまかった」とうなずいた。
「いつも本を読んでいた」「ラーメンが好きだった」…。家族らは、脱北者の証言内容を聞けば、聞くほど、男性が日高さんに思えてきた。
脱北者は「肩を揺らしながら歩く癖があった」とその動きをまねながら、「こんな感じ」と調査会関係者に見せた。日高さんの会社の同僚は「肩をいからせて歩いていた。肘を曲げて、大きく体を動かしながら歩くような感じだった」と振り返っている。
「脱北者らによる数ある目撃証言の中でもかなり精密な内容。それまで家族から聞いていなかった内容も含まれていた」。調査会関係者は、そう明かした。
■偽札製造の推論
調査会に寄せられた失踪者情報の中で、日高さんと同じように印刷関係の職についていたのは10人に上る。うち7人の失踪は昭和40年代に集中している。
日高さんらが仮に拉致されたとすれば、その技術が偽札製造や旅券偽造などに利用された可能性がある-。調査会は、そんな推論を立てて調べている。
米当局は、「スーパーK」「スーパーノート」と呼ばれる精巧な偽百ドル札の製造・流通は北朝鮮の違法行為と認定した。対北制裁に踏み切った理由にもそれは含まれている。
今月2、3日に米ワシントンなどで開かれた日本政府主催のシンポジウムで、昭和41年に消息を絶った印刷会社勤務、小林栄さん=同(23)=の弟、七郎さん(67)が特定失踪者家族の代表としてスピーチした。「北の偽札は兄が失踪して20年ぐらいしてから出回りました。日本の印刷関係者が協力させられたと思うと…」。米世論に特定失踪者の問題をアピールするための人選だった。
(この記事は社会(産経新聞)から引用させて頂きました)
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