直葬・納骨・遺品整理が、終わってから、思い悩んだ事がありました。

ひとつは、目を見開き、口を開いたまま亡くなって行ったこと。
兄曰く、断末魔の叫びのような形相。
今まで、そんなに多くはないけど、葬儀に出た事がありますが、みんな死化粧を施され、とても安らかな良いお顔をされて棺に納まっていました。
なのに、母と言ったら、こんなのあり???という感じで。
とてもじゃないけど、成仏したようには見えず。
昔の人は、目を開いたままだと、まだこの世に未練があったんだとか、口を開いたままだと、まだこの世に言い残した事があったんだと言う人がいます。
そうなのかと思って、調べてみました。
あまりに激痩せしてしまうと、筋肉が衰えてしまい、目を閉じる筋肉も、口を閉じる筋肉もないに等しいから、閉じなくなってしまうと、書かれていました。
なので、この世への未練ではないとわかり、腑に落ちました。
母は、おそらく亡くなったときは、21kgくらいだったと思います。
筋肉は、ないに等しいですよね。

もうひとつは、前のblogにも書きましたが、本当に母は、周りの人にとても良くしていました。 
葬儀も何十軒(創価学会関連)も参列してきました。
が、最期が誰も面会に来てくれない、創価学会の人は、1人もお香典1つ送ってくれない。
母の友達は、老人ホームにさえ、面会に来てくれなかった。
寂しすぎる状態に、側で見てきた私は、胸を痛めました。
アパートにいた頃は、人がひっきりなしに朝から晩まで来ていたし、母の最期はきっと賑やかなんだろうな、たくさんの人が葬儀に来てくれるだろうなと思っていました。
結核で、足利から宇都宮の病院に入院して亡くなってしまったので、直葬だったから、人は呼ばなかったけど。
創価学会って、めっちゃ情報流すの早いし、結束があると思ったのにね。
何だこれって感じ。
創価学会の悪口ではなく、今回の事実です。

しかし母は、人に良くするには、見返りをしっかりと望んでいた人でした。
私は、はっきり言われました。
1度目の離婚をして、やっと電話が繋がった時に母に電話したら、
『お母さんは、お前たちに面倒みてもらおうと思って、くれたものは全部ノートにつけてあるんだからね!
早く、○○くん(離婚したばかりの元旦那)と、元に戻りなっ!!』
と…
離婚したばかりで、今、これからの生活がどうなるかわからない時にですよ。
元旦那を気に入っていたようです。
あー、この人は見返りを求める人なんだとわかりました。
知り合いの人に、ああしてやっても、お返し1つよこさないと、何度も愚痴っていたのも聞きました。
↑悪口ではなく、事実です。

私は、ここから学びました。
見返りを望むことは、良い事ではないなと。
母は、周りに良くし過ぎたのかもしれません。
あまりにも良くし過ぎて、うざがられてしまったのか、それとも、相手の人が良くされて当たり前と、慣れてしまっていたのか。
そこは、私にはわからないけど、見返りを望む事は、私は出来る限りしないようにしようと思いました。

ここ2週間、母の人生は何だったんだろうと、とても思い悩みました。
そこから、私の人生は何なの?とまで。
この8年、鬱病から自殺未遂~と、転げ落ちるような人生の母の生き様は、兄と私に、年を取る恐ろしさを見せ付けてくれて、兄も私も年を取るのが、物凄く恐ろしくなってしまいました。

だけど、とにかく今を生きるしかない。

母に対しては、話したい事も全部話せた、親孝行も出来る限りしてきた。
悔いはありません。
泣き崩れる事もありません。
それは、ちょっぴり泣いたけど。

これからの人生、今まで頑張り過ぎたので、少しゆるりと生きて行こうと思います。

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