母が亡くなってから、電話連絡・直葬・納骨・遺品整理と、怒涛のようでした。

8/30に、親戚と知り合いに電話連絡しました。
母の年代の方は、電話魔が多く、4~5時間電話にかかりきり。
その後、棺の上に載せる母への花束を買いに行きました。
兄が葬儀屋さんの花も断ってしまったので、花が大好きだった母が、お花もなしでは可哀想だったので。
その花束が、画像の花束です。
私がお花屋さんでチョイスしました。

8/31宇都宮の病院で亡くなったので、宇都宮で火葬しました。
兄と私で見送りました。
結核で亡くなったので、納体袋から顔だけ見えるように出してくれていました。
兄は7月の初めから母には会えていなかったので、棺の中の母を見ると、痩せたなぁと。
私は、
『あれっ?!目を閉じなかったんだ💦』
と言ってしまいました。
母は、右を向き、目を見開き、口を少し開いたままでした。
親戚が、死後硬直が解ければ、目は閉じるよって言っていたのですが…
そして、兄がひと言。
『これじゃあ、断末魔の叫びだね…』
と。
確かに…
とてもじゃないけど、私達には成仏した顔には見えませんでした。
結核は感染症の為、葬儀屋さんも感染の恐れを避け、死化粧も何もしてくれていなかったのでした。
母は、長年デパート勤務で、ヘアスタイルも整えていたし、メイクもがっつりしたり、マニキュアも塗っていた人だったのですが、最期がこれか…と。
結核だから仕方ないんですけどね。
それと、生前、近所の人、宗教仲間、友達、親戚に良くしていたり、事細かに電話して気遣っていたのに、面会にも葬儀にも出てもらえない、寂しい最期となってしまいました。
コロナ禍だから~
体調が悪いから~
結核うつりたくないから~と…

9/1、兄と2人で、お寺でお経をあげていただき、納骨。
兄が北海道に単身赴任しているので、直ぐに納骨となりました。
おばちゃんが、てててーっと来て、お墓の墓石をずらし、はい入れて下さいと、兄が骨壷から、ザザザーっと入れると言う…
え?納骨って、こんなだったっけ?
石塔を汗だくで掃除して、お供え物をして、お線香をあげました。
まだその時は、墓誌の方が間に合うはずもなく、今日、お墓参りに行ったら、刻まれていました。

9/2、遺品整理。
兄夫婦が来てくれて、ゲリラ豪雨になってしまい、遺品を見て感傷すると言う暇もなく、バッサバッサと荷物をお互いの車に積み込み、じゃーね👋でした。

帰宅後、次男くんがお休みだったので、遺品のタンスなどを運んだり、焼却場に持って行ったり、あまりの忙しさに鼻血ブーでした。

香典が親戚からたくさん届いていて、お礼の電話。
これも、時間かかりました。
ありがたいのですが、みなさん、電話魔なので。
次の朝も、鼻血ブー(* ̄ii ̄)ブー

9/3からは、仕事に復帰しました。
その後、香典返しや携帯電話の解約に行き、香典返しのお礼の電話と、やっと今日、全てが終わりました。