今日も昼間はポカポカ陽気でいい感じだった。
だが、日が堕ちると温度が下がるので衣服の調整が難しい・・・
今の時期、病院に行ったら風邪引いてる患者さんが多いのだろうな~ァ
さて、明日は休みなので夜はいつもの通りにナバーナの
ディスコライブを聴きながら、ピグ釣りでも久々するかな~ァ
でもず~っとしてなかったから感覚鈍ってるだろけど汗。
今夜は彼女とスカイプデートがないから、1人まったりな夜
淋しく過ごすTAKAでした><。

相川 七瀬 
相川 七瀬 (1995-) - 夢見る少女じゃいられない (1995)
相川 七瀬 (1995-) - BREAK OUT! (1996)
相川 七瀬 (1995-) - BREAK OUT! (1996)


Janet Jackson 
1980年代
兄弟とのデュエット曲やバックボーカルとしてのキャリアはあったものの、
本格的にシンガーソングライターの道を歩み始めたのは1982年、彼女が16歳の頃である。
A&Mレコードからファースト・アルバムとなる『ヤング・ラブ』をリリースするが、商業的には不発であった。
しかし、そのアルバムからシングルカットされた楽曲「ヤング・ラブ(Young Love)」と
「ギブ・ユア・ラブ・トゥ・ミー(Come Give Your Love To Me)」がヒット。
前者はR&Bチャートの6位に届いた。
続いてリリースされた「セイ・ユー・ドゥ(Say You Do)」もまた15位と健闘した。
1984年、セカンド・アルバム『ドリーム・ストリート』を発表。
兄のマーロン(Marlon)から提供された、これまでよりもファンキーでアップテンポな楽曲で、
その音楽性に進展が見られたものの、商業的には不成功に終わった。
同年、歌手ジェイムズ・デバージ(James Debarge)と結婚したが、わずかな期間で離婚。
1年後の1985年、日本企業とのタイアップで、日本でのみ発売するための楽曲
「Start Anew」を収録している。
ジャネットは、次期アルバム制作のため、ミネアポリスで活躍中のプリンス一派のプロデューサコンビ、
ジミー・ジャム&テリー・ルイスの下へ。
1986年、これにより完成したサードアルバム『コントロール』を発表。
“ジャクソン・ファミリー”のプレッシャーから脱却したいジャネットと、プリンスの影響下から
離れてプロデューサーとして自立したいジャム&ルイス、相互のモチベーションが相乗効果を
もたらし、アルバムは非常に高いクオリティを達成し、ポップスチャートとR&Bチャートで1位を獲得。
アルバム収録曲全9曲のうち6曲までもがシングルカットされ、そのうち5曲はポップスチャート
で連続して5位以内に入った。
中でも最もヒットしたのが「あなたを想うとき(When I Think Of You)」で、
ビルボードシングルチャートにて初の1位を獲得。これ以後、彼女の知名度は飛躍的に高まった。
本人が「実質的な、私のファーストアルバム」と語っている位、思い入れの強いアルバムである。
実際にコンサートなどでは、このアルバム以前の曲は一切演奏されない。
また、1996年に発売されたベスト・アルバム『デザイン・オブ・ア・ディケイド / グレイテスト・ヒッツ』
(decade = 10年間)でも、1986年より前は無視されている
(ただし、北米のみで発売された同アルバムの限定版では、『コントロール』以前の曲も収録されていた)。
以来20年に渡って、ジャム&ルイスとのタッグは続き、
他のプロデューサーと楽曲を制作することは少なかった。
次のアルバムとなる『リズム・ネイション 1814』がリリースされたのは、1989年になってである。
人種差別・性差別やホームレス、薬物などなどの政治問題を積極的に取り入れた本作品は、
ポップスとR&Bのチャートで1位を獲得した。
表題曲「リズム・ネイション(Rhythm Nation)」のビデオ・クリップは、兄マイケルの影響が
見られるものの、完成度の高いダンスで構成され、彼女のスタイルを確立するとともに、
音楽シーンに多大な影響を与えた。
ライブでは激しいダンスのため、リップシンクでパフォーマンスされることが多い。
この曲は、ジャネット本人が出演する日本航空のCMにも使用された。
1990年の初来日公演では、東京ドームでの最高観客動員を記録した。
これにより、Rhythm Nation Tourでは2度の来日公演(5月と11月)が実現した。
Janet Jackson (1976-) - When I Think Of You (1986)
Janet Jackson (1976-) - What Have You Done For Me Lately (1986)







