我がいとしの阪神タイガース、今夜はなんとか引き分けで逃げきった汗

これで分けで辛くもゲーム差0.5で終えた。

出来れば勝ち越しがよかったのだが・・・・

まァ、負けなくて良かったということで明日からのヤクルト戦で取り戻そう!!

今日のブラちゃんの退場はないよな~ァ、ありゃセーフだろうに・・・むかっ

あの審判、帰り道を気をつけた方がいいぞ。阪神ファン危ないの居るからさww


阪神が勝たなかったのでネタが少ないので、ピグ釣りの話をします。

今日は、石狩川でハクレンからコンプして青アフロをゲット!!

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そして小笠原のボラからコンプして洋服をゲット!!

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そしてレベル17にUPアップアップ これからもレベル上げ及びアイテム集めに徹する予定。


今日の1曲音譜

今夜は週の真ん中ということでクールダウンのためにスローな曲をピックアップ!!

Chaka Khan(1973-) - Through the fire(1984)

驚異的な歌唱力で1970-80年代にR&Bの女王と呼ばれ、以降も精力的に活動。非常にアクティヴな性格で、レコーディングの際、アレンジが気に入らないと、殴りあうこともあったらしい。ホイットニー・ヒューストン、メアリー・J・ブライジなど、多くの女性歌手に多大な影響を与えた。女性歌手ではアレサ・フランクリンと共にR&Bを代表する存在と言われる。

1973年、ファンクバンドルーファス(Rufus)のボーカルとしてデビュー。翌年スティーヴィー・ワンダーが提供した"Tell Me Something Good"が大ヒットし、以降もヒットを連発した。

1978年には名プロデューサーArif Mardinの元でソロデビュー。デビュー曲"I'm Every Woman"はホイットニー・ヒューストンがカバーした楽曲としても知られている。1982年にはRufusが解散してソロに専念する。解散ライブアルバムにボーナストラックとして収録された新曲"Ain't Nobody"がヒットし代表曲の一つになった。

1984年にプリンスのカバー"I Feel for You"(邦題「フィール・フォー・ユー」)が大ヒット(全米3位)。ラッパーを起用したヒップホップの先駆けとなる先進的なサウンドで、同年のデイヴィッド・フォスター作のバラード"Through the Fire"と共に1980年代の名曲に挙げられることが多い。

1980年代後半以降は商業的に不遇だが、1989年発表のクインシー・ジョーンズプロデュースでレイ・チャールズとのデュエット曲"I'll Be Good to You"がR&Bチャート1位のヒットになった。

1992年のアルバムThe Woman I Amはグラミー賞・最優秀女性ソロR&Bアルバム賞を獲得した。この頃はドイツに在住していたことがあり、一部の楽曲では現地のプロデューサーを起用している。日本では"Facts of Love"が木村拓哉出演の自動車のCMソングに使用された。

R&Bのみならず様々なジャンルをこなす音楽性の幅広さで知られ、近年はジャズ歌手としても高く評価されている。1980年代末にはマイルス・デイヴィスと度々共演した。

1995年発売予定だったアルバムDare You to Love Meが発売中止になるなどの経緯を経て、1996年のベスト・アルバムを最後にメジャー・レコードとの契約を解消。1998年には彼女と同じようにワーナーと袂を分かったプリンスのインディーズ・レーベルNPGからCome 2 My Houseをリリースした。

2002年、映画「永遠のモータウン」に提供したマーヴィン・ゲイのカバーWhat's Goin' onがグラミー賞を受賞。2004年にはイギリスのサンクチュアリ・レコードよりジャズ・スタンダード集Classikhanをリリース。

2006年、ソニーBMG傘下の新レーベルBurgundy Recordsと契約した。2007年9月(日本盤は10月)に同レーベルから新アルバムFunk Thisを発売。ビルボード総合アルバムチャート初登場15位(R&Bチャート5位)と自身最高の初登場順位を記録し、約10年ぶりにシーンの第一線に返り咲いた。メアリー・J・ブライジをフィーチャーした"Disrespectful"がクラブプレイチャートで1位を獲得した。第50回グラミー賞ではFunk Thisが最優秀R&Bアルバム、"Disrespectful"が最優秀R&Bグループに輝き通算10回目の受賞となった。

現在でも若い頃と変わらない声量やハイトーンボイスを保ち、リリースは少ないが、多数のアーティストの作品に客演したり、精力的なライブ活動を続けている。