昨日、僕の母方の祖父の命日だった

忘れていた・・・

僕は、父方にも母方にも初めての孫
そのせいもあるのか
両方の祖父・祖母から可愛がってもらった
僕以降も妹を含め
何人もの孫が生まれるが
僕以上に可愛がってもらっていた孫は
いないんじゃないだろうか・・・
その4人の祖父母も今はもういない

いずれの最後の時も
僕は立ち会った
納棺の際、手を添えた
硬く冷たくなったからだ・・・
父と従妹の納棺のときは
辛くて最後の顔を見ることができなかった

「死」は、いつ、どんなときに訪れるかわからない

身近な死に立ち会ってから
僕は、ニュース等に流れる
数々の死の報道を身近に感じるようになった
病気はまだあきらめがつく・・・
でも、事件や事故で亡くなったとき
その悲しみから癒えるまでには
相当な時間がかかる
実際には完全に癒えてはいないのだが・・・

今、angelで書いている小説・・・

ある事件を題材にして書いているのは
読まれた方にはわかるだろう
その中にある被害者の心境の一部は
僕の現実的な体験を元にしている

「死」は、必ず訪れる
「死」は、いつ、何時訪れるかわからない

僕は喫煙をする
肺癌になる確率は高いはず・・・
もしなったとき
告知されたとして
僕は、きちんと向き合えるのだろうか・・・
おそらくきっと
ベッドの中で泣くんだろうなぁ・・・
怖くて・・・

いつか死ぬまでの間
僕に出来ることは唯一

その日その日を生きる・・・こと

僕は、結婚式よりも
葬式に出席したことの方が
何倍も多い(笑)
そのたびに
悲しむ家族の姿を目の当たりにしてきた
そのたびに
僕の身内が亡くなった時の悲しみが
蘇ってきた

「人が死ぬ」

その中から僕は
言葉では言い表せないようなことを
幾つも幾つも
学んだような気がする

奇しくも昨日
筑紫哲也と言う人間が死んだ




僕の大好きなジャーナリスト



・・・・・